陽菜

…………

いい加減、疲れた。
何時まで続けるんだろう、これ。

私、先に部屋に戻るね
……血腥いから

ああいって、逆井さんは部屋を出ていった。
血のシミを作った黒い服。
目立たないのが幸いした。
これ以上視覚的なダメージを受けたくないからね。

信一郎

……さて、逆井は戻っていった
じゃあ本題に入ろうか、神田

陽菜

本題?

車屋がわたしをみて言う。
伺っているのだろうか、こちらの出方を。
疑っているのだろうか、わたしの反応を。

信一郎

言わなくても、わかるはずだろ?

陽菜

……何のこと?
あたしにはさっぱりわからないよ?

あたしはそう言って、笑顔になる。
気付いちゃあいたけど、そろそろ限界か。
まーそうだろうねえ、色々出しゃばったから。
鋭いこいつなら気づくだろうね。

信一郎

じゃあ単刀直入だ
君は誰だ?

陽菜

あたしは神田陽菜
何聞いてるの?

誰だ、か。
そう聞くのか……参ったなぁ。
そういう言い方するってことは、多分気付いてる。
取り敢えずどうしよう……。

信一郎

白々しい……
君の名前を聞いてるんじゃない

信一郎

君は何者だ?

本質を感じているんだろう。
車屋は厳しい声で聞いてくる。
誤魔化しは……通用しないか。

陽菜

…………

なら、沈黙するしかない。
別にこいつの信用を勝ち取る必要はない。
死ぬなら死ねばいい。
こいつは狼じゃないと分かっているから、敵対してもどうでもいい。

信一郎

だんまりか……
余程、逆井には知られたくないようだね

信一郎

君は逆井が倒れてからというもの、妙だ
知るはずのない単語
素人と言いながら把握している流れ
……何がしたいんだ君は
素人というのは嘘だろう?

信一郎

少なくても犯人側の人間じゃないことは理解した
君は逆井に肩入れをしているからね
だがならなぜ嘘をつく?

陽菜

…………

まるで嘘発見器だ。
大したもんだ。
たった二日でそこまで見抜いたその眼力と推理力。
高校生探偵顔負けだ。
あたしと大差ないのかもね。

陽菜

……さぁ?
あたしには身に覚えがないよ

信一郎

白を切るつもりか?

声色に怒りはない。
だが相変わらず妙な余裕がこいつにもある。
人を疑う前に自分をまず見直したほうが車屋はいい。

陽菜

ふふふっ……・
疑ってるね、あたしを
得体が知れないから?

陽菜

得体が知れないのは車屋も同じだよ
その余裕はどっからくるんだろうね?

信一郎

…………そうかな?
僕に余裕はないよ

陽菜

それこそ嘘だね
あんたには常に余裕がある
心のどこかに、達観している何かが

よく言うよ。
あたしと同じで、こいつは取り繕いがうまい。
性格というので偽っているけど、こいつは余裕が多分今生き残っている中で一番ある。
必死になりすぎて壊れてしまった占い師、追い詰められている窮地の狼に、何もできない村人たち。
その中でこの霊能者だけは、常に客観的にこの流れを見ている。それのどこが余裕がないだ。

陽菜

お互い、ここじゃあどうやら本当のことを言えないみたいだね
あんたの言う通り、あたしは嘘ついてる
逆井さんに対しては、特に

信一郎

……
僕は嘘は言ってない

陽菜

黙ってることはあるけど、でしょ

信一郎

……成程、今ので本質が見えたよ
監視の下にある今は道理だと思うよ

陽菜

だからお互い様、って言ってるじゃない

否定はしない、か……。
そうだろうね。多分、車屋は本当に一般人だ。
ただ何かしらの形で何かの情報を持っている。
だから、心構えができている。
故の余裕だとあたしは考えた。
普通なら逆井さんみたいに精神的にブッ壊れてしまう。
本当のことは言えない。今は、監視されているんだ。
下手なことをいえば、殺されてしまう。
それじゃあ、意味がないんだ。

信一郎

……一つだけ聞いておこう、神田

陽菜

なにっ?

信一郎

君は逆井を生きて帰すつもりだろう?

陽菜

とーぜんっ!

そう、とーぜんだ。
逆井さんはもうあたしの友達だ。
だから連れて帰るって決めた。
あたしは友達、ずっと欲しかった。
欲しくても、出来なかった。
逆井さんはあたしのこと嫌わなかった。
友達って言える関係が、漸く出来た。
あたしはそれを死物狂いで守る。
せっかく出来た繋がりを、断たれるのは嫌だ。

信一郎

フッ……いや、そうかそうか

不意に、それを聞いて車屋は表情を崩した。
決め顔? っていうのかな。
そんな表情をする。

信一郎

疑って悪かったね
そこさえ重なっていれば僕は君の味方だ

陽菜

はぁ?

どういう意味だこいつ。
なんか薄気味悪く笑っているんだけど。

信一郎

彼女は良い奴だ
例え人殺しと呼ばれようが、僕は彼女を尊敬する

尊敬、という言葉通り確かに彼女のことを高く評価しているようだった。
車屋はあたしに言った。

信一郎

昨日話したと思うけど、僕はミステリー作家になりたい
でもそれは兼用の夢でね
もう一つ、してみたい仕事があるんだ

陽菜

なにっ?

信一郎

探偵さ

陽菜

探偵ィッ!?

あたしは叫び返した。
探偵……ってあの探偵だよね?
こいつ、探偵になんてなりたいのか?
実際の探偵はフィクションとは違うのに。

信一郎

父さんの後を継ぎたいってのもあってね
父さんはその筋じゃ有名な探偵なんだ

信一郎

何でも『日本に真の正義あり』と警察が言ったらしい
僕はそれが誇らしい

陽菜

……それなんか聞いたことあるかも
確か二年くらい前にあった、非合法の賭博摘発を一人で会話だけで解決したっていう話

信一郎

光栄だね
それだよ、父さんの逸話の一つが

陽菜

リアルチート……

有名な話だから、知っている。
あたしみたいな人は大抵耳にしたことのある伝説。
一般人はあまり知らないけど。
その探偵は、現実にいる本当の名探偵の一人だ。
現代のシャーロック・ホームズ、なんて言われてる。

二年くらい前に起きたこのゲームと似たような状況をいち早く、まるで予言者のごとく察知して、犯行グループを100%言葉だけで改心させて、投降させたという伝説の名探偵。しかも一人で。
後から聞いた話によると、警察よりも早く居場所を突き止めていたんだそうだ。
独自の人脈に独自の情報網を持つその男を敵に回したら最後、必ず正義の名の下に法の裁きを受けさせる。
まさに正しき義。正しき心。
日本に真(まこと)の正義あり、か……。
そんな人がいるなら世の中まだ諦めたものじゃない。

陽菜

……あぁ、うん
その余裕の理由が分かった

そんなのが父親やってんだ。
そりゃこの性格が倅に受け継がれてもおかしくない。
リアルチート二代目というところなのだ。
因みにまだその名探偵は活動している。
今は……どこにいるんだろう?
助けに来てくれないかな……?

信一郎

あの言動を見ていて、決めたのさ
彼女を、将来の僕の助手にしたいとね

陽菜

じょ、助手……?

な、何を言っているのだ車屋。
助手……つまり自分のワトソン君にしたいのか?
あの臆病で仕方なしに逆上状態に陥った逆井さんを?

信一郎

僕は色々と不気味がられるんだ
父さんの性格が似たせいだろう
色々、同性に妬まれたりする

信一郎

異性からは気障野郎とか言われたい放題
まぁ端的に言うと人望がないんだ

陽菜

だろうねえ……

最初あたしだって色が見えなくて不気味に見えたし。
今はそこそこ、感情が見えるからいいけど。
でもあの余裕を常に感じさせるのは、他の人からすれば嘸かし気持ち悪いことだろう。

信一郎

彼女は僕に偏見を持ってないし、ちゃんと評価してくれている
相性は良さそうだからね
彼女とならうまくやれそうだ

それが理由か……。
余程人に恵まれないんだろうなぁ。

信一郎

神田は僕に言いたいことを言っていた
アレが通常運転なんだよ僕の場合

信一郎

今はもう誤解が解けてみるみたいだし
僕は君を疑わないよ
何なら神田
君も手を貸してくれないかな

うわ、あたしまで誘うのか。
本気でミステリー作家兼探偵事務所構える気だ。
……まぁ、魅力的な話ではある。
あたしみたいな経歴の持ち主は現代社会で生きていくにはかなり辛い。
就職だってぶっちゃけ出来るかどうかも怪しい。
ならこの誘い、乗っておいて将来的には損はない?
彼の……『車屋』の名前は知ってる人は知ってる。
というかなんで気付かなかったんだろう。
子供いるなんて聞いたことなかったからか。

陽菜

所長なら考えてあげてもいいよ

取り敢えずイメージ的に偉そうにふんぞり返る役職を言ってみる。
半分冗談だったんだけど。

信一郎

所長……というと……
成程、経理を担当してくれるのかい?
そちらは自分でやろうと思っていたから丁度いい
助かるよ、神田
丁度来年からもう探偵として見習いで仕事を貰えることになってるんだ
今から地盤を整えておかないといけない
手を貸してくれるなら後で詳しい話を決めよう

陽菜

あたし雑用!?

信一郎

いや、立場は間違いなく僕よりも偉いよ
僕が現場に出たいんだ
裏方は誰かにお願いしたかった
そういうことなら是非頼むよ

陽菜

あっ……うん……
あたしも将来の働き口は怪しかったから、有難いんだけどね……

信一郎

そうか、ありがとう
じゃあこのゲームが終わったら詳しく説明させてもらうよ
後は彼も誘ってみるか……

……いいのかなぁ?
あたしは嘘をついている。
でもそれは、決して逆井さんを裏切る嘘じゃない。
あたしも、犯人たちに酷い目に合わされている。
一応は仲間だ。でも、嘘はついた。
素人だって言って。

陽菜

まぁ……終わりさえすれば……
後は……どうとでもなるか……

おたがいの誤解は解けた。
あいつに余裕があるのは恐らく名探偵の血筋、及びその経験の話でも聞いているから。
それが大きいのだろう。
疑っていた理由は多分あたしの癖。
昔の悪癖がまだ表に出ているよう。
それを自前の推理力で感知して、敵だと思われていた様子。
あたしの言動で、あいつは何かを察した。
本当のことは言えないよ。
今いえば普通にやばくなる。

信一郎

このことは逆井には黙っておく
君も、気を付けてくれ
今の彼女は敏感だ

陽菜

肝に銘じておくよ

折角出来た友達が離れていくのは嫌だ。
今でさえこいつとすれ違いを起こした。
あたしは……。
あたしはやっぱり、真人間に戻れないんだろうか。
普通の人間になれないのだろうか?

陽菜

はぁ……

早く終わらないかな……これ。
本当に、そう思う。

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