……え?

 身体の熱が、すっと、冷えていくのを感じた。
 予想していた言葉より、聞こえてきたのが、ずっと怖いものだったから。

ごめん、って、なんで

 わたしの口は、まだショックが追いついていないのか、ちょっと冷静。
 だけど、気がゆるんだら。
 心と同じように、不安で泣くように、なってしまうかも。
 それは、不思議だけれど、学(まなぶ)も同じだった。
 わたしの気持ちが見えるわけでもないのに、すごく、辛そうな顔をしていた。

今、言うのは……駄目なんだ

 ふりしぼるように、学(まなぶ)は言う。
 でも、駄目なんて、どういうことなんだろう。

……駄目って……なんで

 か細い問いかけに、学(まなぶ)は答えない。
 まだ、眼は伏せたままなのが、不安をさらに大きくさせる。
 冷静でいられないわたしは、ふっと、あることを想う。

(駄目って……わたしが、ちゃんと言っていないから?)

 ――そうだ。わたしは一度も、素直になったことがないんだ。

あなたが……好き

 その言葉に、驚いたように顔を上げる彼。

ずっと前から、好きだった

 衝動的にわたしは、学(まなぶ)へと想いを告げていた。
 自分でも信じられないくらい、落ち着いた声で。
 ――ふられてから、ようやく、こんなことを言えるようになるなんて。
 自分の捻くれ具合が嫌になる。
 でもわたしは、今さらになって気持ちを告げられたことに、感動してもいた。
 潤みそうになる眼で、彼の揺れる顔を見つめる。
 すっと立った身体は細く、ちょっと揺れていて、不安そうにも見えた。
 ゆっくり、学(まなぶ)は顔を上げる。
 答えを待つわたしに、学(まなぶ)は言った。

もう少し、時間が欲しいんだ

時間……なんの、時間?

 頷(うなず)いてから、学(まなぶ)は、続けて言う。

……俺、失恋したんだ。
ある人に

……そう、なの

 ――知っているくせに、わたしは、自分の気持ちでその嘘を包んでしまう。

だから、時間が欲しい。
今、お前に甘えるのは……駄目、なんだ

(なに、それ……。カッコつけなくても、いいのに)

 男の子として、なのだろうか。
 気持ちを切り替えられないっていうのと、まだ想いがあるような、そんな言い方。
 せっかく、という不満と、けれど、という温もり。
 わたしのなかで、二つの考えが一緒に浮かぶ。

(わたしを、見てくれても、いるんだね)

 学(まなぶ)は、代替えとして、自分を選ばなかった。
 ちゃんと、わたしを見れるようになってから、答えたいといってくれた。
 ――わたしも、そう。
あの人の代わり、とは想いたくない。
そうなれる、わけでもない。
 ただ……こうして曖昧なままを望まれるのも、悲しいと想うのは、わがままなんだろうか。

だから、教えてくれないか

教えて? なにを

 突然そんなことを言われて、わたしは逆に聞き返す。
 学(まなぶ)は、柵に手をかけて、景色を眺めながら口を開いた。

お前が、見ている景色。
見たいんだ、もっと。
見られるだけじゃ……なくて、さ

見られるだけじゃ、なくて?

咲希と、こうして一緒に歩いて……知らない場所を、見たいんだ

……えっ?

 優しく、お願いされるような声。
 でも、瞳はしっかりと、わたしの顔へと向いていた。

お前と、一緒に歩きたいから……もう少しだけ、待ってくれないか

それ、って……

 一緒に、歩きたい。
 そう、学(まなぶ)は言った。
 でも、代わりには、したくない。
 それも、彼は言ったはずだ。
 ――わたしの、場所を、知りたい。
 あの人の、場所じゃなくて。

ちゃんと、お前のことを知りたいから……それじゃ、駄目かな

ばか。
ばか……!

 学(まなぶ)の言葉に、もう止められなかった。
 眼や口元が、泣いてしまうことを。
 でもそれは、さっきまでの理由とは、違っていた。

待ってない、から

えっ……

 不安そうな学(まなぶ)に、わたしはぐいっと腕を引っ張る仕草をする。

連れて行く。
いろいろと、いろんな場所、一緒に行こう

……そう、だな。
一緒に

不思議だね。
けっこう、会っているのに

いろいろ、教えてくれよ

わたしも、教えてほしい

 そうしてわたし達は、お互いに、ぎこちない笑みを浮かべた。
 変わらない関係。結果としては、そう。
 けれど……お互いに、なにかを変えたいという気持ちは、一緒なんだと想った。

視界の広がるあの場所で・18

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