以前、とある地域で大量殺人が起こっていた。

 殺人鬼の手によって殺されたのは、ミシェルの家族だけでは無かった。

 彼――ステファンの家族もまた、殺人鬼の手によって殺されてしまったのだ。

 ステファンの両親と親交の深かったミシェルの両親は、ステファンの両親が亡くなった時、自分達にも殺人鬼の矛先が向いているであろうことを悟った。

 そして、一人になってしまったステファンへ、ある願いを託した。

「我が息子ミシェルを、君の手で育ててやってほしい」

――と。

 ミシェルの両親の予想は当たってしまった。殺人鬼が屋敷に忍び込むと、真っ先にミシェルの家族を狙ったのだ。

 ミシェルの家族は、その屋敷で息絶えた。

 命を狙われなかったミシェルはと言うと、ステファンの家の中で無邪気に泣き喚いていた。この頃、ミシェルはまだミルクしか飲めない赤子だった。

 ステファンはミシェルの家族を心配しながらも、その腕の中で泣き喚くミシェルの面倒を見続けた。

 翌日、家族が亡くなったと聞き、ステファンの胸は酷く痛んだ。本来なら戻りたくない場所ではあるが、あそこの隠し通路には、ミシェルの両親が残した多くの財産や生活用品がある。殺人鬼は、人の命だけを狙う奇異な人物だった。ゆえに、多くの血痕がかかりながらも、金品は無事残っていた。

 二人が生きていくには、あの屋敷に戻ることは必須だった。

 ステファンとミシェルが屋敷へと移動してから数日、思いもよらぬ出来事が起こった。

 殺人鬼が、屋敷に再度やって来たのだ。

何で……

 その人間は、ぼさぼさの髪を黒いニット帽で隠し、赤黒いのコートを羽織っていた。何気なくベランダを見ていたステファンだったが、その人間を見た瞬間、誰なのかすぐに分かった。

 逃げなくては。そう思ったものの、殺人鬼がいるのは玄関方面だ。もはや外へ逃げることはままならない。

 電話をかけようにも、ステファンが事件後から屋敷に戻ってからたったの数日。電話の線は切れており、通報など出来るはずもない。

 殺される。ステファンはミシェルを抱えて不安げにベランダの向こうを見つめていた。

――どさっ

……!?

 ステファンは目の前の光景に目を疑いながらも、ベランダに手を触れて思わず下の光景を見つめた。

 殺人鬼と思われる人間が、枯れ葉の中に埋もれて倒れていたのだ。

 幾ら人が倒れているとは言え、相手は多くの人間を殺めてきた殺人鬼。もしかしたら誰かを待ち伏せしているのかもしれない。ステファンは用心して見つめていたが、ミシェルが声を上げて、殺人鬼を指差す。

 ステファンが必死にあやしても、ミシェルは声を荒げるばかり。指先は、ずっと倒れた殺人鬼に向けられている。

 ミシェルには、何か感じることがあるのだろうか。恐る恐る、ステファンは玄関へと向かっていた。

 玄関の扉を開け、目の前に倒れる人間に用心しながらそっと歩み寄る。その距離、約一メートル。

 幾ら近づいても動く気配のない殺人鬼。ステファンの腕の中にいたミシェルがあうあうと声を上げながら前のめりになって両手を広げる。

 ステファンがしゃがんでその人物を見つめる。ミシェルは、殺人鬼の髪をピンピンと引っ張る。

 ミシェルがこれだけ触っても動かないと言うことは……ステファンはミシェルを一度枯れ葉の上に座らせると、俯せで倒れている殺人鬼をひっくり返した。

これは……

 隠されていた姿を現した殺人鬼は、ブロンドヘアーの美しい女性だった。その女性が、真っ青な唇をして冷たくなっている。持ち上げて胸に耳をやった。しかし、心臓は既に動いていなかった。

 幾ら赤黒いコートを羽織っているとは言え、犯人が女性だとは信じがたい。

 ステファンは急いで警察を呼び、事情を話した。

――続 

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