はぁ、はぁ、はぁ……

 今日も独りで、憧れの人達を考えながら、練習メニューをこなす。

(あっ……)

 ただ最近、少しだけ変えたことがある。

(あの子、フォームが……みんな、気づいていないのかな)

 周囲の子を見ながら、一人一人の癖をちゃんと見るようにした。
 そうしたら、どうして不満なのか、気になるのか、それがちゃんと見えるようになってきた。
 直した方がいい子、直しにくそうな子、そもそもそういった気がなさそうな子。
 その逆も、もちろんで。
 自分よりキレイなフォームで走る子、足の運びが流れるような子、ペース配分が上手な子。

(わかってたつもりは、つもりだったんだよね)

 自分にも、良いところと悪いところはあるんだろう。
 でもそれは、人の姿や意見を聞きながら見つけていくもので、自分で決めるものじゃなかったんだろうと、今ならそう想える。
 わたしのやり方も、いろいろな個性を持つ、みんなのなかの一つの意見。
 それは、やっぱり間違いじゃないと、今でも想う。
 ただ……それでも、いろいろ見えてくるものが、多くなった。

 考えながら周囲を見ているわたしの横へ、ざっ、っとグラウンドを踏む音がする。

先輩、そろそろ……

 控えめな言い方で、わたしに呼びかける声。

うん、大丈夫だよ。
すぐに、行くから

 一歩引いた声に、わたしは笑顔を浮かべて答える。
 まだ、少しぎこちないけれど、精一杯の笑顔。
 いつも、わたしを呼びに来てくれる、後輩の子。

じゃ、じゃあ、待っていますので

 小さく呟いて、集合場所へ行こうとする背中。

あの、ちょっと待って

 その背中へ、呼びかける。

は、はい……

 不安そうに振り向いた彼女へ、わたしは、感謝の気持ちをこめて言った。

……いつも、ありがとう

えっ、っと……?

わたしが、独りでいても……声、かけてくれてたでしょ?

……は、はい

 彼女は、恥ずかしそうに顔を下げた。
 ――鈍感なのは、学(まなぶ)より、わたしの方だ。
 ずっと、気を使ってくれていた子がいたことにも、気づかないで。

今さらだけど……嬉しい。
ありがとうね

……あ、あの

 その子は顔を上げて、少し揺れる瞳でまっすぐに、わたしを見つめながら言った。

……わたし、先輩の言うこと、いいと想ってます

ほ、本当に?

早く、精一杯、走れるなら……。
聞いていて、がんばりたいなって

 その言葉に、胸のなかになにかが膨らんできて、頭のなかにもいろいろな想いが、いっぱいになってしまう。

でも……

でも……?

 ただ、膨らんでいたいろいろな想いは、彼女の悩むような顔に萎んでしまう。
 そして、次の言葉で、すっと背中が冷えるような気がした。

ついていけるかは、やっぱり、不安です……

……そっか

 周囲を見ずに走れば、つまずいてしまう。
 それは、人間関係でも、一緒なんだろう。

うん。
そう、だね

 頷(うなず)いて、彼女の瞳を見つめる。

ごめんね。
わがままな、先輩で

あっ、あの……

ねえ

 ――不思議。
 自分に、こんな穏やかな声が出せるなんて。

わたしも……すぐに、とはいかないけれど

 ――もしかすると。

一緒に、走りたいの。
だからまた、こうして話したり、走ったりしても……いい、かな?

 ――あの、お姉さんの姿も、わたしの追いかけたい姿になっているのかも。

はい、もちろんです!

 後輩の笑顔に、わたしもつられて笑顔になる。
 部活の時間で、こんなに心から笑えたのは……本当に、久しぶりのことだった。

視界の広がるあの場所で・09

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