ルック・ワールド・ノクトビション

な……!?

"吸血鬼"は驚いた表情を浮かべたかと思うと重力に負けるように失速し、そして落下していく。

見事に着地してみせた"吸血鬼"は私、そして私を抱えている男を順に睨むようにして見た。

光り輝く盾によって砕かれた鎌はすぐさま液体に戻り"吸血鬼"の手についていた小さな傷口から彼の体内へと戻っていく。

ルック・ワールド・ノクトビション

あんた、その男とつるんでるのか?

そういった"吸血鬼"に応えさせるためなのか、なぜか防寒男は私の口を塞いでいたガムテープをはがした。

息をつく暇もなく、私は"吸血鬼"の問いを否定しようと口を開いた。

紅原 瞳

え!?
いや、そうじゃなくて――!

私はそこまで言って言葉を飲み込む。

果たして私は誰の味方で、誰の敵なのか。

自分で自分のことが分からなくなっていた。

確かに私を抱えている男は私を眠らせ、誘拐しているのだから、味方とは言えないだろう。

しかし、今私を仰ぎ見ている人物は私の味方なのか?
それとも敵だろうか?

私を暴漢から救ったのは彼だった。

しかし、両沢泪を殺したのもまた彼なのである。

私が信じるべきなのは、ぶっきらぼうでも、寝顔のかわいいあの"少年"か。

それとも、《自由七科》の被験者たちを殺めた、科学が生み出した化け物たる"吸血鬼"か。

前者ならば私の味方ということになるし、後者ならば私の敵ということになるのだろう。

そして、先ほど私の耳元で背後の男が言った言葉。

絢鞠 国士

還元能力を使え、でなければ死ぬぞ。

あの言葉がなければもしかしたら私は彼の鎌であの男ごと殺されていたかもしれないのだ。

つまり、目の前の"吸血鬼"は私を味方としては認識していないのかもしれないのだ。

敵。あるいは獲物。

そう、私も《自由七科》の被験者である以上彼の標的になり得る。というか、もろに標的である。

私と"吸血鬼"の間に流れる数秒の沈黙。

そしてそれを断ち切ったのは私を抱える男だった。

男は私を抱えたまま枝から飛び降りると、拳銃を構えて"吸血鬼"の懐へと駆け込んでいく。

絢鞠 国士

……無防備……好機。

人間一人を抱えてこれほどまでに軽やかに走ることができるのか、という驚きを感じる間もなく、一気に間合いを詰めた男は超至近距離で引き金を引く。

ルック・ワールド・ノクトビション

にゃろ――!!

それを仰け反るようにして躱した"吸血鬼"は手の傷から這い出た血液で作った刀を振るった。

すると男はまさに盾のように私をその切先に向ける。

紅原 瞳

ひゃ――!

私は反射的に悲鳴とともに能力を使ってしまう。

再び刀は鉄片ならぬ血片へと砕け、そして元の液体へと戻る。

ルック・ワールド・ノクトビション

馬鹿!邪魔するんじゃねぇ!

紅原 瞳

いや、でも――!

ルック・ワールド・ノクトビション

でも、じゃねぇ!

今度は血液で作った二本の脇差のような小さな刀を逆手に持って同じように突っ込んでくる。

男は私を盾にしたままそれをぎりぎりで躱す。

そして退いていた足を急に前に踏み出したかと思うと銃弾を数弾撃ち放つ。

"吸血鬼"が右手の脇差をその銃弾の中にふわりと投げると、液状化し、そして間を置かずに、棘状の固体へと形を変え、銃弾を貫いた。

動きが止まった銃弾が重力に従ってパラパラと地面に落ちるのと同時に"吸血鬼"は残った脇差を順手に持ち替えて男の首元を狙う。

しかしやはり男は私を盾にし、そして私は反射的に光の盾を出してしまう。

ルック・ワールド・ノクトビション

なんだ……お前も、そうなのかよ。

"吸血鬼"はその目に怒りと――悲しみを宿して私を見た。

お前も、とはどういう意味なのか。

そう問おうとした瞬間男が何か鞭のようなものを振り下ろした。

その鞭は電気が通っているらしく、紫電が激しく迸る。

しかし、"吸血鬼"は動くこともなくその鞭をもろに受けた。

鞭がその身体を打つ音と電気が肌を焦がす臭いで私は吐き気にも似た不快感を催す。

"吸血鬼"はがくんと膝をつき、そのまま前のめりに倒れこんだ。

紅原 瞳

あ!

私は悲鳴を上げて、その"少年"のもとに駆け寄ろうと男の腕の中でもがく。

しかし、男はそれを許すどころか、私を誘拐したときと同じように口と鼻を薬品を染み込ませたハンカチで覆ったのである。

一気に身体の力が抜け、意識が遠のいていく。

薄れゆく視界で、最後に見たのは倒れて動かなくなった"少年"の姿だった。

こんな時に彼の呼ぶことすらできない。

なぜならまだ私は彼の名前を知らなかったのだから。

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