ガタガタと揺れる音。
これは、そう。車の中で揺すられているのだ。
ガタガタと揺れる音。
これは、そう。車の中で揺すられているのだ。
そして私は恐る恐る瞼を持ち上げる。
車窓から見えるのは雑木林だった。
道はそれほど整理されていないらしく、進むたびに車体が大きく揺れる。
ここで私は後部座席に寝転がされていることを把握した。
両手は後ろ手に手錠のようなもので縛られ、口にはガムテープが貼られている。
試しに縛られている手をもぞもぞと動かしてみるが、手錠が少しばかり音を立てるだけで、手が自由になることはなかった。
それどころか、その音で私を誘拐した者たちの一人が私の覚醒に気付かせてしまったのである。
回復……確認……。薬剤……効果……微弱。
還元能力……影響?
その男はまさに私を気絶させ、この車に担ぎ込んだ人物であった。
この暑い夏に冬のように着込んだ長身の男。見間違えようがない。
――――!――――――!
口をふさがれた私は、それでも懸命に抵抗の意味で身体をよじらせ、言葉にならない言葉で訴える。
紅原……瞳……還元能力……必要。開放……不可能。
しかし、男は私の抵抗など意に介さない様子でそう言った。
どうやら、この男も還元能力、すなわち《自由七科》について知っているようだった。
どうやらこの男は私との交渉などはなから考えていないようだ。
そして、今の今まで見ていた夢を思い出す。
いや、一概に夢と言ってしまっていいものではないかもしれないが。
心象世界、精神世界。
そこに現れた黒いドレスを纏った少女。
そして、その少女はまさに私に施された還元能力の名前である《ロジカ》を名乗ったのである。
それはもしや、ついに私の還元能力が完成したことを意味しているのだろうか。
……試す価値はあるだろう。
もし仮に今、私を拘束している手錠がMEによって生成されたものであるならば。
還元能力を用いて壊すことができるだろう。
手錠がMEであるという条件と、還元能力が完成している条件という二つの条件が必要である以上、実験としてはあまり合理的ではない。
もし、これに失敗したとして、手錠がMEでないがゆえに失敗したのか、それとも還元能力が完成していないがゆえに失敗したのかを判別することはできないのだから。
しかし、それを判別するためではない。
もしここからに逃げ出すことができる可能性が少しでもあるのであれば、それを試すべきだ。
そして、私は研究所で伝えられているコードを思い出す。
いつか暴漢に襲われたときにはあの少年が現れたために使うことがなかったが。
今、あの少年はいない。
だから、自分を助けられるのは自分だけだ。
Call//Liberal Arts//Logic
コードを頭のなかで唱える。
すると血の気がサーッと引く感覚に襲われる。
確か、《ロジカ》は力を使うには代価がいると言っていた。
その代価を彼女は《血の代償》と言っていたけれど、こういうことか。
だけれども、コードを唱えてから三秒経って、三十秒経っても何も起こらなかった。
未だに私の手は枷をはめられたまま。
状況は全く好転しないどころか、変異すらしなかったのである。
はぁ、とふさがれて口でため息をつくこともできないことにさらに落胆する。
が、その七秒後車が急停車した。
慣性にしたがって私の身体は運転席の背もたれに勢いよくぶつかる。
そして運転していた先ほどの防寒男は後部座席の私を無理矢理抱え、外に出たのである。
急展開すぎてついていけず、地面にへたりこんだ私を男は髪を引っ張ってまたまた無理矢理に立たせた。
頭部に走った鋭い痛みに思わず目をぎゅっと閉じ、顔を歪めた私の耳に聞き覚えのある声がした。
よぉ。今夜は嫌な夜になりそうだな?
目を開けるとそこには"吸血鬼"がいた。
月の光がスポットライトのように降り注ぐ彼の姿。
それは私が初めて彼に会ったときと同じように。
神々しく、禍々しかった。
そしてその手には深紅の刀が握られていた。
その深紅はまさに血液の色だ。
いい"香り"がすると思ってきたんだけどよ。
そうか、やっぱあんただったか。
今朝突然飛び出したと思ったら何やってんだ?
"吸血鬼"は私の瞳を見据えながら言った。
そしてそれに対し、私は言葉を発することができなかった。
それはもちろんガムテープで口を封じられているからなのだけれど、しかし、どうだろうか。
もし口を封じられていなかったとしても、彼の行ってきたことを、あの異常なまでに、白々しいほどに白くなった両沢泪の遺体を見た私が彼にそう簡単に話しかけることができただろうか。
答えはノーだった。
私の髪を掴んでいる男は私にとって間違っても味方ではないし、おそらく私にとっての敵と言っていいだろう。
されど、今対面している、金髪緋眼の少年を、味方と言えるのだろうか。
答えられねぇか。そりゃあそうだよなぁ。
じゃああんたに聞くよ、防寒野郎。
その女をどうするつもりだ?
問答……無用。目標……確保……最優先。
ったくよぉ。もう少しコミュニケーション取ろうとかねぇのか……よ!
"吸血鬼"は刀を構え、地面を蹴った。その動きはあまりに俊敏過ぎて、私はともすれば見失いそうだった。
しかし、防寒男も並みの人間ではないようで、なんと私を軽々と抱えると大きく跳躍して、近くにあった気の枝に飛び移ったのである。
相変わらずめちゃくちゃだなぁ……あんた。
刀を肩に載せて見上げた"吸血鬼"は言った。
と、そのとき、私のこめかみに何か冷たいものがあてがわれた。
それが何なのか私には直観的に分かった。
拳銃である。
――――!
口が封じられて悲鳴をあげることもできない。
あん?
それで人質をとったつもりなのか?
予想……外れ……。
だから……ちゃんとしゃべれってんだよ!
"吸血鬼"の持つ刀が鎌に形を変えたかと思うと、地面から大きく跳躍した。
まさに私と男を刈り取るために。
しかし、その跳躍のわずかな時間に男はとてつもなく低い声で私の耳元でこうつぶやいたのである。
還元能力を使え、でなければ死ぬぞ。
その言葉に言い返す時間も手立てもない私は言う通りに先ほど効果をもたらさなかったあのコードをもう一度脳内で唱えたのだった。
すると、光り輝く"何か"が現れ、そして"吸血鬼"の持つ鎌を粉々に砕いたのだった。