気が付くと明かりは消えていた。窓の外には月が浮かび、港町リユーマイトの夜を照らしていた。
 部屋にはハル以外に誰もおらず、寝ていたベッドからはメナのものであろう心地良い香りがする。成り行きとはいえ、出会ったばかりの女性の部屋に上がり込むという体験。勿論生まれてこの方そのような体験をもたないハルは、何だか分からない浮足立った気持ちになっていた。

 そんなせいか昨晩飲みすぎたせいか、ハルは小用を足したくなったのでトイレに行こうとベッドから立ち上がる。窓からは裏路地が見下ろせた。月光が届かぬ物陰の闇が、一層暗くなった気がした。
 

ハル

ん?
何か音がしたような?

 まだ眠気が残る頭に、僅かな物音が聞こえてきた。

ハル

こーゆーのは、凄ぇ怖ぇ~っす。

 恐る恐る部屋を出るハル。すぐに階段があり降りるしかないが、足元に光が当たっておらずハルの恐怖を増大させた。既に尿意が吹き飛んでいたが、それすらも気付いていなかった。物音など無視すればいいのに、既にない尿意という使命感の為、ハルは闇を降りた。

ハル

だだ、誰も居ないっすか?

 一階に降りた頃には、目が慣れてうっすら部屋の中が把握出来るようになってきた。お世辞にも片付けられているとは言えないリビングは、生活感が滲み出ている。

ハル

音がしたのは、そ、外っすよね?

 誰に確認しているのか、恐怖心を誤魔化そうとしている独り言は、誰も居ない部屋に広がった。

ハル

うひぃっ!!

 何でもないドアの音に、過敏に反応するハル。音の方向に目をやると、玄関にメナの叔母さんが立っていた。

メナの叔母さん

…………

 玄関から差し込む月の光を背に、メナの叔母さんは沈黙を送ってきた。影になっているが、露出度の高いナイトウェアは、薄い生地で出来ているのが分かる。放たれる妖艶さは、異様としか言えない。息を飲むハルの鼻筋に、大粒の汗が走った。

メナの叔母さん

何をなさっているの?

ハル

ほへは? あ、あー、外から音が聞こえたので、何かあったのかと思ったっす。

メナの叔母さん

家畜が少し騒がしかったので、
大人しくさせていたのです。
うるさくして眠りを妨げて
しまいましたね。すみません。

ハル

そーだったんすか。

メナの叔母さん

…………。

 口数の少ないメナの叔母さんは、粘り付くような視線でハルを見据えている。

ハル

あは、は、は……。
ああ、そうだ。
メナは下で寝てるっすか?

メナの叔母さん

そうですよ。
何か気になりますか?

ハル

いや、気になるとか
そういうわけでは……

メナの叔母さん

うふふ。
ハルさんは可愛いですね。

ハル

は、はは。

 その時、また外で音がなった気がしたが、メナの叔母さんの言うように、家畜が騒いでいるのだろう。そう思ってハルはもう一度、寝床につく事にした。

 ――翌朝。
ハルとメナは港に来ていた。定職につけていないメナの仕事を探すためだ。一宿一飯の恩を感じていたハルは、一緒に仕事を探す事にしたのだ。

メナ

やっぱり私みたいな素人は、
雇ってもらえないかぁ。
そりゃぁ、
昨日の漁師さんも断るよねぇ。

ハル

大丈夫っすよ。
仕事なんてすぐ見付かるっすよ。
おっ、可愛いカエルっすね。

 前向きなハルの言葉に引き寄せられたように、一匹のカエルがハルの前に転がってきた。丸々と太ったそのカエルは、ふてぶてしく座っているように見える。

メナ

そっかなぁ。
私そそっかしいから、
すぐに解雇されちゃうんだもん。

ハル

大丈夫っす、慣れっすよ。
何か良い仕事がないか
町中に探しに行くっす。

メナ

そうだね。ありがとうハル。

 少し暗くなっていたメナを、ハルが元気づける。カエルのお腹を擦ってやると、気持ちよさそうに顔が緩む。二人はそれを見て笑顔をこぼし、町に仕事を探しに行った。

 リユーマイトの日が沈む頃。
二人は歩き疲れ、オレンジ色に染まる空を見上げていた。

ハル

どこにも良い職場はないっすねぇ。

メナ

折角ハルに一緒に探して
もらったのに、ごめんなさい。

ハル

しょうがないっすよ。
明日また探せばいいっす。

メナ

明日かぁ……

 何か嫌な事を思い出すような顔をするメナは、落ち着かない様子だ。そして、空を見上げたままのハルに、メナが疑問を漏らした。

メナ

でも明日くらいには、
ハルはもう旅立っちゃうのよね……?

 素朴な疑問。その疑問の声には、僅かな寂しさを感じさせた。

ハル

ん? あー、
ちょっと忘れてたっすよ。

メナ

え、ええっ!
あっきれたぁ~。

ハル

はは、居心地
良いっすからねぇ。

メナ

リユーマイトは良い町だもんね。

ハル

それもあるけど、
メナと一緒にいるのが
楽しいんっすよ。

メナ

なっ!

ハル

どうしたっすか?
顔が赤いっすよ。

メナ

……へ? 
は、ははは……。

ハル

まぁ、確かにのんびりして
ばっかりじゃまずいっすねぇ。

 ハルは知ってか知らずか、ディープスの方角に顔を向ける。顔を真っ赤にしたメナは、それを確認して複雑な表情を見せた。

 ~新章~     6、リユーマイト滞在

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