シーナ

……ここって、…って服も戻ってる…?

階段を上りきった先は先ほどの路地裏と違って、お城に近い、レイが部屋から連れ出した時に最初に降り立った場所だった。そして、レイが目立たないようにと、きっと魔術で変えてくれた服も全て戻っていた。
でも、あれが夢だったとか、幻覚だったとか、そんなことはないと。これまでのことは全て覚えている。そしてこれから自分が何をしたいのかも。

そして、ふと彼女はレイやイチにしっかりお礼が言えなかったことを思い出して残念だなと思いながらも、きっとまた会えるだろう、とそう思っていた。

そんなことを考えていると、やはり服装からか周りに人が集まってきていた。ふと我に返ったシーナはどうしようか、ここで想いを述べてみてもいいなと思った時。

聞き覚えのある声が、でもここまで髪型や服装が荒れている姿を見たことがない、世話役が大きな声をあげて自分の元へと走ってきた。

世話役

姫様、……!?どうしてこんな所に、…怪我などは…

自分の姿を正すことなく、シーナの心配をしてくれる世話役を見て本当に申し訳ないことをしたな、と思った。でも、ここまで心配して探してくれた姿を見れて、少し嬉しくも思ったりして。

シーナ

えぇ、大丈夫よ、……ありがとう

世話役

あぁ、……良かった…、取り敢えず、ここだと姫様に危害があるかもしれません、…すぐに安全な場所に移りましょう…!

世話役

姫様、その……どうしてあんな所に…

世話役に連れられて近くの宮殿、いわゆるお父様の別荘へと来ていた。あの場所から一番近い安全な場所は確かにここだ。ここには門番がいて、中には誰も入ってくることはない場所だった。

この場所に辿り着いた世話役は、どう問いかけていいか悩みながらもゆっくりと声をかけてきた。きっと世話役は自分のせいだ、と思っているのだろう。声からは怒りよりも、不安の方が強く感じられた。

シーナ

そうね…、ちょっと外を見たくなっただけよ、…それ以上は内緒

世話役

……でも…

シーナ

ただ、……貴方には心配をかけましたね、……お父様はこのことを知っているの…?

お父様に知られていたならばきっと総動員で探されているはず。それなら、自分がゆっくりレイと祭祀を楽しむことも、イチの想いを聞くことも、カンゲンと話すことも、きっと出来ていなかっただろう。世話役が一人で探してくれていた、そうは思っていたけれど。

世話役

……多分、公務の途中で気づいていないでしょう、…私も飛び出してきてしまったので、……きっと私しかまだ知らないはずです、…お城から何も連絡は入っていませんし

いざ世話役から一人で探していた、と聞くと、本当に申し訳なく思った。でも、それで彼女は大きく変われた。それは自分自身でも分かっていることだ。レイやイチ、そしてカンゲンに出会えたこと、そしてたくさん教えてもらって、話して、笑顔を取り戻せた。これは自分にとって大きな経験だったのだ。

世話役

本当だったら怒らないと世話役としては失格なのでしょうけれど、……でも姫様が無事だったなら、…そしてようやく笑ってくれた、…なら私は何も言いません

シーナ

ありがとう、……いつか貴方にも、私が何を経験したか、…教えられる時が来たらいいですわ

世話役は宮殿の門番に「姫様が来た事は誰にも言うな」と伝え、出来る限り大きな道を通らずに、シーナを守るように、世話役とシーナはお城に戻っていった。

宮殿からは裏道も設けられていて、案外容易くお城に戻る事ができた。そして、「部屋から出てみたいと言われて、お城の中を散歩していました」と世話役が嘘をついてくれて。シーナが部屋から逃げ出して、お城の外まで出て行ったのは世話役と彼女の秘密となった。

お城に戻ったシーナは、お父様や世話役さえ驚くぐらいに公務の内容を学ぼうとして。毎日、お城の中の者と会話して、笑い合って。時には寂しそうに部屋で物思いに浸っていたりもしていたが、彼女はただ、楽しそうに、お城の中を明るくしていった。

シーナ

……さて、…自分のしたい事を、…必ず叶えてみせよう

彼女は女王様になる儀式を終え部屋に戻ると、一言呟いて。

あれからレイやイチ、カンゲンには会っていない。三ヶ月経って、お父様が亡くなって。世話役はシーナの事をとても心配してくれたが、貴族の争い事を止めることで大忙しのようで。

そんな中、彼女はただレイやイチ、カンゲンの言葉を思い出しながら、自分がしたい事を叶えるチャンスだとも思っていた。確かにお父様が亡くなって辛いのはあるが、貴族が争っている間に心は落ち着かせることができた。

そしてお父様の遺言状を見て、きっと自分の気持ちを知っていたんだなと思ったシーナは、新たな女王様として君臨することとなった。

シーナは、……「天才」の一歩を歩み始めたのだ。

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