シーナは今日もいつも通りつまらない日々を過ごしていた。しかし、今日は少し違った。
世話役が気を配ってくれたのか、体の心配だけをして出ていく彼が今日は違うお話をしてくれた。
んー、つまらない……
シーナは今日もいつも通りつまらない日々を過ごしていた。しかし、今日は少し違った。
世話役が気を配ってくれたのか、体の心配だけをして出ていく彼が今日は違うお話をしてくれた。
そういえば、姫様、今度 この国で祭祀があることをご存知ですか?
祭祀……?遠い国では戦争が起きているというのに?
戦争、それは数年前から勃発している宗教戦争のこと。
まだシーナのお父様が治めるこの国までは戦火が及んでいないが、それでも戦争が近くで勃発している中「祭祀」を行うことは不謹慎になるのではないか。
それはシーナだけではなく誰でも考えるのが普通である。
はい、……戦争が起きている中の祭祀は不謹慎ではないかと王様も悩んでいましたが、……命日…ですので…
「命日」。お母様が彼女を産んでからおおよそ1年後、病気で亡くなった日。5年、10年と区切りの年には「祭祀」を行ってきていたが、シーナにとっては忘れたい記憶だった。
……お母様の命日、…それももう15年の区切りの年…。必死に忘れようとしていたので、…それで祭祀、……なるほど…
自分が産まれたことで、お母様は病気になってしまった。だからこそ、彼女は自分が産まれたことにですら、時々「必要とされている」のか不安になってしまっていた。自分は国民の、そして特にお父様の、大事な人を奪ってしまったのではないか。次代の王としての血縁者ということだけで育てられてはいないか。
それは彼女の一番の不安であり、お父様にまだ一度も我が侭を言ったことがない理由だった。
あ、……申し訳ありません、…楽しい話をと思ったのですが、……辛いこと思い出せてしまいました…
世話役は咄嗟に触れてはいけないことに触れてしまったことを悟った。「命日」、それはシーナに対して言ってはいけない言葉ということは分かっていたはずなのに。彼女を「つまらない」日々から連れ出そうということだけに必死で、彼女に辛い思い出を思い出させてしまった。
また彼女を苦しめている。それは世話役である自分が一番してはいけないこと、彼女を支える、彼女を守る、そんな自分の役目に反していることに彼は気づいていた。
またシーナに怒られる。それよりも、彼女を苦しめている自分に対して、怒って欲しかった。そのまま抱えずに声を大きくして言って欲しいと世話役は思っていた、けれど。
……いえ、…大丈夫。……祭祀、久しぶりに楽しめそうだから、…ありがとう
彼女は、悲しそうな笑みを浮かべながらも、世話役にお礼を言ってきた。きっと自分に気を使ってくれたのだろう。そう世話役は思ったが、彼女がくれた優しさを無下にすることは出来なかった。
……姫様…、……有難いお言葉、…嬉しい限りです
祭祀の話をした後、世話役は普段通り体の心配をして部屋を出て行った。
彼女は世話役が出て行ったのを見送るとその場に座り込み、何度も「祭祀」と「お母様の命日」という言葉を繰り返していた。
……祭祀、…ね……。お母様の命日……
……でも、祭祀が行われたとしてもこの部屋にいるのじゃ変わらない
……なら、逃げ出せばいいじゃねぇか
だ、誰……!?
一人だと思い込んでいた自分の部屋に男性が、それも知らない男性が立っていた。誘拐か、それとも暗殺か。
知らない人が、しかもお父様と世話役以外入ることが許されていないこの部屋に入ってきているのにも関わらず、外が大騒ぎになっていないということは、この人はただの一般人ではないことをシーナはすぐに理解して、必死に距離をとろうとした。
あぁぁぁぁ、大きな声出すなって、……俺が不法侵入したことがばれてしまうだろ…
不法侵入って言ってるじゃない!何が欲しいの、お金、それとも地位、権力?
大きな声を出すな、と言いながら近づく知らない人に対してもっと距離をとろうとしたがすぐに背中が壁に当たっていた。
次代の王となる自分を必死に強く見せようとするも、足は震えていた。殺されるのか、それとも利用されてお父様に迷惑をかけてしまうのか。どちらも恐怖でしかなかった。
でも、目の前にいる人はシーナの姿を見て近づくのを止めて、面白くなさそうに言葉を続けた。
そんなもん、興味ねぇよ…。ただ主人に頼まれてな、…お前がここから出たいなら、…その協力をしてこいって、……あぁ、…めんどくせぇ……
主人……?…ここから出るって、……確かにここから出てみたいけれど…
「主人」とは誰のことか。シーナが逃げ出す協力をする、なんて可笑しな話である。
「つまらない」日々を過ごしていることを知っているのは世話役ぐらいしかいない。なのに、ここから出てみないかと提案してくる人がいるなんて。そんなことがわかるのは魔術師か何かか。確かにそのような職業が遠い国に存在していることは知っていたが、そんな人が自分の手助けをしようと危険を被ってまで来る必要性など全くもってない。
俺の主人は会うまでの楽しみってことで、……ここから出る勇気はあるか?
でも目の前にいる男性はシーナの疑問に答えようともせず、自分の話を続けてきた。
確かにここから出てみたい。ここから出ることが出来たなら「つまらない」日々からきっと解放される。
でもここから出ようとすることはお父様に、世話役に、心配をかけてしまうだろう。外に行ってみたいなんて我が侭、言えるわけがない。ならこっそり出るしかないだろう。
彼女の気持ちは揺らいでいた。
……逃げ出す…って…
まぁ、すぐ答えを出せって言わねぇよ、……祭祀の始まるちょっと前にまた来るわ、その時に答えを聞かせてくれや
男性は言葉遣いとは裏腹に優しく笑って見せては「祭祀」の日に迎えに来るという言葉だけを残して、窓から飛び降りた。
シーナの部屋はお城の最上階にある。それはこのような不法侵入がないように、ということなのだが……。そんな高さから飛び降りた男性が無事なわけがない。
咄嗟に窓に手をかけて下を覗き込んだが、そこには何もなかった。さっきまで自分の目の前にいた人は誰だったのか。もしかしたら、自分の妄想かもしれない。願望から湧き出た夢なのかもしれない。
でも、どうしてもシーナは、男性の言葉が忘れられなかった。
……逃げ出す…、つまらない日々から…、この城から…、少しだけなら、…許してくれる……?