コシノクニ高専に到着した。

 サクラさんは、ジープを校門に横付けした。


ゲートが閉じている。中に痴女は、ほとんどいないだろう

生徒が無事ってことですか?

逆だ

えっ?

生徒や教師は、ゲートを閉じて籠城した。しかし、感染者があらわれてしまった。そして次々と痴女になったのだ

私たちの中学と一緒です

貴様らは中学を脱出するとき、ゲートを閉じる余裕はあったか?

いえっ

みんなそうだ。あんなものは初めてだからな

ということは?

脱出する間もなく、全員痴女になったのだ

 サクラさんは、なぜか自嘲気味に笑った。

 ゲートを開けながらこう言った。


こんなに静かなのは、痴女が共食いをしたからだ

まさか全滅するまで!?

パンデミック発生から数ヶ月が経っている。充分時間がある

それはその通りだけど

でもっ

 私は嫌な予感がした。

 もし共食いをしたのなら、最後の一匹はどうしたのだろうか。


ああ、その通りだ。おそらく痴女は何匹か残っている。しかも、身体能力に優れた、賢いヤツらがな

入って大丈夫ですか?

修理部は、すぐそこの購買だ。問題ないと思う

あ-、購買にあるのなら、たぶん大丈夫ですね

ボスっぽいヤツは、たいてい奥にいるもんね

 などと私たちはテキトーな理由で安堵した。

 もうこんな世界に住んでいると、いちいち不安になっていたら何もできないのである。


では、行くぞ

 サクラさんは、ゲートを開けたままにして奥に進んだ。

 購買は、校門からすぐ近くにある。

 コシノクニ高専は、大らかな学校だから、近隣の住民にも敷地を開放していた。私も小夜もなんどか遊びに来たことがある。


懐かしいな

 サクラさんが、ひどく実感のこもったため息をついた。

 私も小夜も一緒にため息をついた。

 サクラさんは、購買のなかをしばらくぼんやり眺めていたが、やがて大きく息を吐くとテキパキと動きはじめた。

 お店をひとつずつ見てまわり、安全を確保していったのだ。

 しばらくの後、サクラさんは戻ってきた。


問題ない。購買に痴女はいない、もちろん人間もいない

修理部はどこですか?

あの奥の店だ

 私たちは修理部に向かった。――



 修理部は、まるでレンタルDVDのお店とゲームショップを混ぜ合わせたようなお店だった。別に汚れているわけではないし、食品を扱ってたわけではないけれど、それでも雑然として、なんとなくだらしなかった。

 いかにも男子が好きそうな、そんな感じの場所だったのである。


この本棚にマニュアルがある。手分けして探そう

うん

あっ

どうした?

見つけたわけじゃないけど、でも、この薄い本

あー

ポケベル~POCKET BELL~と、書いてあるな

 そう言ってサクラさんは、薄っぺらいマニュアルを手に取った。


いきなり見つけたぞ

えっ!?

この表を見ろ。おそらく暗号の正体はコレだ

雑だなあ

うるさい。どうせこれ1回しか使わんのだ。丁寧に作図などできるかっ

 というメタくさいやりとりの後で。

 私たちはヤマイダレさんの暗号を確かめた。

『ともこちゃん こんにちは』……どうやら正解のようだな

ほんとだ

すごい!

このマニュアルによると、ポケットベルは暗号を受信すると、自動でそれを復元してディスプレイに表示するらしい

ヤマイダレさんのポケットベルには、その機能がないんですね

古い機種だからだな

とにかく暗号を解読してみようよ

 私たちは、暗号を紙に書き写すと、手分けして解読していった。

 その作業はすぐに終わった。

 まあ、結論から先に言って、ヤマイダレさんがわざわざポケットベルで送ってきたメッセージのほとんどは――どうしようもないことばかりだった。


もう、『ともこちゃん げんき?』とか『ちゃんと おふろはいるのよ』とか、そんなのバッカリだよ

たまに下ネタギャグもあるけどね

でも、ほんとどうでもいいことばっかだよ

………………

あの、すみません。こんな、しょうもないことに付き合わせちゃって

いやっ

 サクラさんは、メモ書きを見たまま固まった。

 しばらくすると彼女は、いくつかのメモをより分けた。

 そして言った。


たしかに、くだらない物ばかりだ。しかし、いくつか分かったことがある

それは?

ヤマイダレ監察官は無事生きているということ。メッセージを送れるぐらいには自由であること。そしてここからが重要なのだが――

うん?

ヤマイダレ監察官は、何者かの監視を気にしながらメッセージを送っている。この膨大なメッセージのなかに、大切な情報をまぎれ込ませているからだ

 サクラさんはそう言って、より分けたメモ書きを指さした。

 それから凛とした声で彼女はこう言った。


『いろいっかいずつ』、『おんせんから みなみに4ほ』、『ちじょ うま』等々、ほかにもあるが、とにかくこれらのメッセージは意味不明だ。しかし、だからこそ、なにかしらの意味をこめたのだと言える

 サクラさんは断言した。

 私と小夜は、ごくりとうなずいた。


しかし参ったな、これは本格的な暗号だぞ

なんだかゲームっぽいですよね

ん?

あっ、ごめんなさい。余計なこと言って

いやっ、今、ゲームと言ったな?

はい。なんかゲームのセリフっぽいというか、スマホのゲームに似たようなセリフが合ったような気がしたんで

 と、私はおそるおそる言った。

 するとサクラさんは、ポンと手を叩いて、本棚を探しだした。

 それから次に机の引き出しを次々と開いていった。


あったぞ

 サクラさんは、ノートパソコンをかかげた。

 満ち足りた笑みで、充電ケーブルを引き出しから引きずり出した。

 そして言った。


修理部のオタクはレトロゲームが大好きでな、自分が生まれる前のゲームですら、攻略法などをブログに書いていた。もちろん、ネットにはつながらないが、投稿する前のテキストはパソコンに残っているだろう

……ずいぶん、その人のこと詳しいんですね

そいつの警護が私の任務だった。不本意ではあるが、彼のことは何でも知っている

はあ。なんだか、うらやましいですね

なにがだ

すんません

謝る意味が分からない。とにかくコレを持って行くぞ

どっ、どこにですか!?

購買の地下には、秘密基地がある。海自と公安が作ったのだ

そこに行くんですか?

調べ物をするには、ここより適している

 サクラさんはそう言って修理部を出た。

 が。

 すぐに戻ってくると、引き出しからスマホの充電ケーブルを引っぱり出した。

 それから彼女は、ひどく照れくさそうにこう言った。


スマホはバッテリーが切れやすいからな。貴様らも持っていくといい

おんせんから みなみに4ほ

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