ここは恵比寿にあるワンルーム。
家賃が3万円とちょっと安い。
僕はいつも部屋の契約をする前に、
必ず事故物件で無い事を確認している。
だって、信じていないけど怖いじゃん。

こんばんは!
いつも息子がうるさくて、すみません。

こんばんは!

夜泣きの事なら心配されなくても、
大丈夫ですよ。
わかってますから。

本当にすみません。
あまりに耐え兼ねるようなら、
おっしゃって下さい。
新参者ですので、引越します。

は、はい。

それでは、失礼します。

201号室に住む、ご婦人だ。
確かに夜泣きはうるさい。
だけど、それで引越されては心象が悪い。
自分も昔は夜泣きしてたんだから・・・。
「諦めよう」そう思った。

こんばんは!
最近物騒だから、気を付けね!
それでは、失礼するよ!

は、はい。
お気遣い、ありがとうございます。

203号室の方だ。
いつもフードを深く被っている為、
ちゃんと顔を見た事が無い。
あの人から「物騒」と言われても、
貴方が一番物騒だ!っと思ってしまう。
けど怖くて言えない。

そして僕は202号室に住んでいる。
アパートは201,202,203号室と横並びに部屋があり
1階と合わせても全6部屋しか存在しない。
小さなアパートで、壁も薄い。
隣部屋の声は筒抜けなので。
生活する際には気を使っている。

23:00

もう、そんな時間かぁ~
早く泣き止ませて欲しいなぁ。

23:30

泣き声はピタリと止まった!

00:00

はぁ~

隣から、声が聞こえてくる。
以前は気になって仕方がなかったが
今ではもう、諦めている。
この声は203号室から聞こえてくるのだから。
怒りに行くのも怖いので、
トキが過ぎるのを僕は待つことにしている。

気にしない。
気にしない・・・。

01:00

声はピタリと止まり、平穏な時間がやってくる。
隣人たちの声は、
決まった時間に聞こえてくるので
この時間が過ぎるまでは、眠らない事にしている。
起こされるのが、嫌だからだ。

ここで、疑問に思うだろう。
なぜ時間が分かっているのに、部屋に居るのか?
コンビニに居れば良いだけではないか?

答えは簡単だ!
近くにコンビニなんて無い。
あるのは墓地だけだ。

~入居初日~

23:00

まじか!
子供ってやつは、
本当に夜泣きするんだなぁ~

23:30

泣き止んだ。
母親よ、
もっと早く泣き止ませてくれよ。
これじゃ~
うかうか眠れないじゃないか。

00:00

今度はナニ!?
隣から何か聞こえるけど、
何を言ってるんだ?

00:15

まだ、続いているよ。
ナニを言ってるんだ?

気になった僕は、壁際に身を寄せた。

南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無

わぁ!

僕は思わず声をあげて仰け反った。
きっと、隣にも聞こえている筈だけど
声は止まらずに、そのまま念仏を唱えていた。

01:00

念仏が終わったのだろう。
静寂な時間が戻ってきた。

01:30

今のうちに・・・。

こうして、僕の戦いは始まった。
これが毎晩の行事になるなんて、
このときは、考えもしなかった。

そして、人間というものは凄いもので
時間が経てば気にならなくなってしまう。
恐るべき適応能力だ!

~ある日~

10:30

僕の部屋を訪ねるなんて、
どこの物好きだろう?

は~い

201号室の者です。
朝早くにすみません。

なんだろう?

どうかされましたか?

本日、
引越しする事になりましたので
ご挨拶だけでもと思いまして。
色々とご迷惑をおかけしました。

ご丁寧にありがとうございます。
お身体に気を付けて下さい。

ありがとうございます。
つまらないものですが・・・。

ありがとうございます。

それでは失礼します。

これで夜泣きから解放される!
ちょっと嬉しいなぁ~

それに、物も貰えたし。
我慢して良かった!

23:00

いつもなら、泣き声が聞こえるけど
今日からは、もう聞かなくて良いんだ!
ラッキー!

00:15

こっちは、相変わらずだなぁ。
あの人も、
引越してくれないかなぁ~?

~翌日~

12:00

こんにちは!

こんにちは!

散歩をしていると、大家さんに会った。
これといって用事も無い僕は
しばし大家さんとの会話を楽しんでいた。
そんな中・・・。

そういえば、
明日から新しい住人が来るから
よろしくね!

昨日、引越したばかりで
もう入居者が決まるなんて・・・。
あの物件、意外に人気なんですね!

意外って、何じゃ!

すいません。
つい、うっかり・・・。

まぁ~、ボロいから仕方ないが
昨日引越したって、誰の事じゃ?

201号室のご婦人ですよ。
毎晩、毎晩
子供の夜泣きがうるさかったんですよ。
これでゆっくり寝れると思うと・・・。

そこは、誰も入居しとらんぞ!
5年ぶりに入居者が決まって
嬉しいんじゃ。
空き部屋のままじゃ~
部屋が泣いてしまうからなぁ~。

確かに居ましたよ!

子供の夜泣きがうるさくて
すみませんって、
毎晩のように挨拶してました。

昨日は粗品を持って挨拶に来ましたよ。
引越しますってね

部屋番号間違ってませんか?

大家が間違う訳なかろうが。
入居者が居ない部屋の鍵は、
ワシが持っている!
ホレ見てみろ!!

僕は大家さんの持っている鍵をみて
腰を抜かしてしまった!
そこには、201号室と203号室の鍵が有った。
201号室はともかく、203号室まであるなんて。
僕は大家さんに再度尋ねてみた。

そのカギは、
いつからソコにあるんですか?

キミが入居する前から今日まで
ずっとココにあるよ!

そうですか・・・。

僕はそれ以上会話をする事が出来なかった。

僕は今まで誰と会話をして、
昨日は誰に粗品を貰ったんだろう?
もしかして・・・。

脳裏に、ある言葉がよぎった。
「この続きは考えたくも無い。」

部屋に戻った僕は、
テーブルに置いた粗品を確認した。
そこには・・・。

なんであるんだよ!

そう叫んでしまった。

あの話を聞いた後だから、
もうこの粗品は開けられない。
それよりも、開けたくない。

なんで、受け取ったんだろう?
何故、気が付かなかったんだろう?
あれほど警戒していたのに・・・。

どれくらいの時間、悩み悔やんだのだろうか?
そうこうしているうちに、あの時間がやってくる。

やめてくれ~

思わず叫んでしまった。
すると・・・。
声はピタリと止まった。
そして次の瞬間

え!?
こんな時間に訪ねて来るなんて
おかしいけど・・・。

どなたですか?

203号室の者です。
すみません、
うるさかったですよね。
すみません。

僕は怖くて、それ以上会話が出来なかった。
だって僕が話している相手は、
この世の者ではないのだから・・・。

それから数日後、僕はこの部屋を出た。

~ある日~

お届け物です!

送り主は誰ですか?

ご本人様からです!

それは、本当ですか!
宛先間違ってませんか?

貴方の名前ですよね?

確かに、私の名前ですね。
送った覚えはないのですが、
とりあえず受取ります。

では、失礼します。

荷物をテーブルに置き、梱包を開けた。
中に入っていたのは・・・。

退居時に捨てた筈の粗品
それに加えて手紙まで・・・。

入居おめでとうございます。
つまらないものですが、受取って下さい。

安心して下さい。

退居時にお渡ししたものは、
お気に召さなかったようなので
違うものを用意しました。

                   元隣人より

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