終わってみると、意外と楽しい家族旅行だったような気がする。

 物憂げな空気に満ちた帰りの新幹線で、背凭れに身を預けながら、勇太はふっと息を吐いた。

 と。

木根原に、逢ったか?

……え?

 隣で本を読んでいた、兄の言葉に、はっとして背凭れから身を離す。
 本から目を離し、勇太の方を見た兄は、いつもの皮肉に満ちた笑みを浮かべていた。

知ってたのか

一応、俺は木根原の指導教官だからな


 指導教官であれば、学生の単位取得状況のみならず、下宿先の住所も実家の住所もネット上のシステムから閲覧することができる。母に届いた旅館案内の住所と、頭の中にあった木根原の実家の住所を一瞬で照合することは、記憶力抜群の兄にとっては容易いこと。実際に木根原自身には会えなかったが、読書をしている最中に、部屋の整理に来た木根原に似た和服姿が似合う女性に会ったと、兄は半ば自慢げに勇太に話した。

 と、すると。
 兄の話から、即座に判断する。勇太が見た、鶏を捕まえた少女は、確かに木根原。では、木根原に似た、兄も会ったという、中年というには若く感じた女性は、木根原の母親なのだろうか? 母にしては年齢が若いような気がする。そして野菜を揚げてくれた料理長が、木根原の父親なのだろう。道理で、料理が上手なはずだ。巻き寿司の味を思い出し、勇太は少しだけ口の端を上げた。

 同時に思い出したのは、暗い青色の、うねりの多い海。その海の側で食べた、木根原に似た女性が持ってきた、木根原が作るものと同じ味の巻き寿司。そして。……夕食にする鶏を捕まえた木根原の、どこか泣きそうな顔。

 都下に近付いた新幹線の車窓から、見慣れた太平洋の、あくまで明るい青色の海が見える。その海の青と、木根原が居た場所の暗い青色を脳裏で重ね合わせ、勇太はそっと目を瞑った。

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