淳史

先輩って、言葉に色が見えたりしますか?

桜花

色?

淳史

はい
例えば、おいしいだったらオレンジ色とか悲しいだったら紫色とか

桜花

んー
色は見えたことないかな

「そうですよね」
とぽつりと声をこぼす淳史
「…気持ち悪いですよね」
消え入りそうなつぶやき…その言葉は桜花の耳にも聞こえるか聞こえないかの小さなものであった

桜花

でも、いろんな色が見えるんだったら淳史君の世界はとってもカラフルなんだね!

淳史

カラフル…?

桜花

そう!!
沢山の色で彩られた世界って素敵だなって

きっと桜花先輩は共感覚のことも何も知らない、だからこそこんなに自分のことを肯定的に見てくれるのだろう
…見たくない色まで見えていることを、見たくない世界が見えていることも知らない。それは自分が言って無いから当たり前のこと

淳史

そんなにいいものでもないですよ
色は溢れすぎると、混沌にしかならないですから

桜花

混沌?

淳史

それだけ言葉が溢れすぎているってことです
さらに、色を伴うことによって大切な言葉を見落としてしまったり

それだけ言うと淳史は口を閉ざした。今の言い方では先輩にきつく当たっているように聞こえてしまう…

「あ…ごめんね」
何も知らないくせに、分かったような口を聞いてしまったこと
それは自分でも一番嫌なことだって知っている。雫が例のブログを語るとき、そこに本当の私の思いは一切反映されていない…語られたくない
その時の気持ちを目の前の後輩も感じているのではないだろうか。考えるだけでも謝罪をせざるを得ない気持ちになるのであった

淳史

あ、いえ
謝らないでください!

だから色から目を背けてきました。見えないようにすれば普通の人と何も変わらないかもしれないって

桜花

うん

淳史

でも
先輩の書かれた台本…言葉から色が見えて、今まで見た色の中でもとってもあったかくて、甘くてすっぱくて
初めてだったんです。色と同時に味も感じてしまったのは。だから先輩にあの時変なことを聞いてしまいました

桜花

色に味…?

「すみません、やっぱり変ですよね」
淳史の話に桜花は圧倒されていた

当たり前かもしれないが、桜花自身、今までそのような感覚を体感したことはない

しかし、目の前の淳史の反応を見る限りすごく特別なことが彼の身に起こったのは事実であろう。しかもそれをもたらしたのが自分の作品

桜花

えっと、なんて言えばいいのか分からないけど、ありがとうで有ってるかな?

淳史

こちらこそ、感謝させてください
…この見え方を変えさせてくれて、自分と向き合わせてくれて

桜花

私は大したことなんて一個もしてないよ
全ては淳史君が手に入れたものなんだから

「にゃーお」
と淳史の腕に確保された猫もまた賛同のするかのように声を上げるのであった

淳史

あ、こいつ逃がしてこないと
じゃあ先輩、また部活で!

桜花

うん
しっかり逃がしてあげてね

開かれたドア
廊下からの光のまぶしさに、桜花は少し目を細めた

「そう言えば」
と、何か思い出したように淳史は振り向く

淳史

先輩方の恋愛模様って迷路みたいですよね
どうか道に迷わないようにしてくださいね

桜花

先輩方?
迷路?

締まるドアの隙間に声を掛けても、それは届くことのない暗闇に溶けていくのであった

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