駅と学校と図書館か。なぜそこに行きたいのだ?

 サクラさんは眉をひそめてそう聞いた。

 私と小夜は目と目をあわすと、うなずいた。

 それから私はこう言った。


この暗号機を解読したいのです

それは?

ヤマイダレさんというお姉さんにもらったんです。でも、説明をしてくれなかったから、これが何なのか、何が書いてあるかすら、まったく分からないんです

この数字の羅列……たしかに暗号のようだな

数字の並びは何種類もあるんです。それに何度も光って送られてきたんです

送られてきた……今はないのか?

今もたまにあります。でも前ほど頻繁ではありません

なるほど。しかし解読するために、図書館はまあ分かるが、学校と駅というのは?

学校にも図書室があるので。それに駅や人が集まるところなら、この暗号機を知っている人に会えるかもって思ったんです

ふむ

分かりますか?

 私と小夜は、すがるような目でサクラさんを見た。

 サクラさんは、しばらく暗号機をながめていたが、やがてかるくうなずくと、私たちに質問をした。


ディスプレイ等の技術レベルやデザインから判断するに、かなり古い——おそらく1980年代から90年代の——製品だろう。この持ち主は、たしかヤマイダレと言ったな?

はい

どういう人物だ?

あの、話せば長くなるし、ややこしい経歴の人なんですけど……

その人物もスパイなのか?

はい。太平洋戦争のときにカンサツカンをやっていたって

監察官……つまり公安のエージェント、私の大先輩だな。しかし、太平洋戦争とは古すぎる。100歳を超えているだろう

そのことなんですけど

 私は困り顔でヤマイダレさんの経歴を説明した。

 ややこしいしウソみたいなプロフィールだから、できるだけ話したくなかったんだけど、サクラさんは、それをすんなり理解した。苦笑いしながらこう言った。


痴女パンデミックの前なら、そんな話は信じなかった。だが、この非現実的でバカみたいな世界に生きていると、たいていのことは、あり得るかなと思えてしまう

はあ

しかし、元監察官というなら話は早い。私はこの暗号機を見たことがない。年配の監察官は使っていなかったし、開発ラボにも展示されていなかった。そもそもこのメーカーは、警視庁とは付き合いがない。警視庁の備品を製作するのは、いつも別の事業者だった

ということは?

民生品だ。1980年代から90年代にかけて、一般の家電量販店で売られていたに違いない

ヤマイダレさんは、そんな物をくれたのですか?

装備は、すべて現地調達。さすが大戦を生き抜いたスパイは、我々とはレベルが違う

 サクラさんは、自嘲気味に笑ってそう言った。

 私と小夜が愛想笑いをすると、彼女はサッパリとした顔でこう言った。


ようするに古い民生品のマニュアルを探せばいい。それならば心当たりがある

どこですか?

コシノクニ高専

そこの修理部には、ゲーム機や携帯端末のオタクがいてな、たいていのマニュアルは置いてあった

ずいぶん詳しいんですね

任務でしばらくそこの生徒を演じていた。まあ17歳で高校2年生を演じていたから、ただ転校しただけではあるのだが

高校生でスパイをやっていたんですね

 だからこんな若さで部長になったのだと、サクラさんは言っていたけれど。

 しかし、どうにも現実味がない話で、いまいち実感がわかなかった。

 まあ、こんな世界にしっかり順応しているお前が言うな、というツッコミもあるのだけれども。……。

では、さっそく高専に行くか

はい。あっ、でも良いんですか?

なにがだ

私たちに付き合わせてなんだか申し訳ないです

サクラさんも、どこか行きたいところがあるんじゃないですか?

 私たちが気づかうと、サクラさんは微笑んだ。

 それから昔を懐かしむような顔をして、彼女はこう言った。


北には、昔住んでいた家がある。しかし、今だから余計そう思うのかもしれないが、高専こそが私の青春だったのだ

はあ

いずれ行きたいと思っていたんだよ

 サクラさんはそう言ってジープに乗った。

 私たちがドアに手をかけると彼女は言った。


キミたちのジープに私も乗せてくれるかな?

もちろんです

できれば運転をさせてもらいたいのだが?

ぜひっ

では、運転させてもらう。キミたちは、痴女の襲撃に備えてくれ

はいって、でも?

南には、車を襲う痴女がいる。車に飛び乗られないよう、銃で追い払ってくれ

はい

わっ、分かりました

 私と小夜は、アサルトライフルを手に取った。

 サクラさんは、ショットガンを抱いて、エンジンをかけた。

 そして私たちは、コシノクニ高専に向かうのだった。——

 それから十数分後。

 私たちは、痴女の車に追われていた。


なんか車でやってきた!?

痴女って運転できるの!?

できるヤツはいる。というより、運転しかできないのだ

そういう痴女なんですね

ヤツは運転することによって快感を得ている。私たちを追うことに実はそれほど意味はない。運転の快感を増進しているにすぎないのだ

タチが悪いですね

ああ。だが、もっとタチの悪いヤツがいる

あの棒の痴女ですか?

うふぅん

のぼり棒の頂上付近で股間をこすりつけているあいつだ

あはは、気持ちいいですもんね

 と、かるくツッコミを誘ってみたのだけど。

 サクラさんは華麗にスルーした。

 小夜がクスリと笑った。

 サクラさんは、ひどく事務的に言った。


ヤツは、ただ独り愉しんでいるわけではない。棒をしならせ人を襲う。そうやって、のぼり棒仲間を次々と増やすのだ

うーん、迷惑ですね

登棒の痴女『オナトップ』——と、私は呼んでいる

 サクラさんはそう言って、思いっきりハンドルを切った。

 オナトップを積んだ車をガードした。

 が。

 車は、するりとそれを避け、車体をぶつけるようにして横につけてきた。

 しかもオナトップは、しなって攻めてきた。


まずい!

うわっ

逝けっ!

そんな時事ネタとか誰も分かんないよっ

 小夜はそんなことを言って銃を乱射した。

 私も困り顔で乱射した。


しかもちょっと古いしっ

 しかし、なかなか倒せない。

 ああ見えて結構ハイレベルな痴女なのだと思う。

 きっと銃では倒せない。

 そう思って戸惑っていたら、サクラさんが私の手を引っつかんだ。

 それから強引に私を運転席に引っ張り込むと、彼女はこう言った。



倒してくる。運転を頼む

えっ!?

 あっという間だった。

 一瞬の出来事だった。

 サクラさんは、私にハンドルを握らせると、ジープから跳びあがった。

 オナトップに向けて飛翔した。

 そしてジープの挙動を安定させた私が振り向いたときにはもう、


んっほおぉおおお!!!!

 サクラさんのカカトが美しい半月の軌道を描いて、痴女を吹き飛ばしていた。


………………

………………

 しばし言葉もない私と小夜を笑顔で見て、サクラさんは言った。


絶対に女は殺すエージェント……それが私だ

登棒の痴女『オナトップ』

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