ノワール・マオは嘘つきである。
ノワール・マオは嘘つきである。
この道をまっすぐ行ったところに古い教会がある。その前を右に曲がり、次の角を左に。居眠り兎の前を素通りし、ああ、ヤツの眠りを妨げると厄介なことになるから物音を立てずに静かに通れよ。息もするんじゃない。居眠り兎の次は飴降らしのいる交差点を左に曲がれ。それから暫く進むと、正面に大きな白い屋敷が現れる。そこがお前の目指している場所だろうよ
言いながら彼は街灯の上をぴょんぴょんと渡り歩く。人気がないからといって、真昼の街中をそう跳び歩くのはいかがなものか。誰かの目に触れて通報でもされたらどうするのだろう。それに万が一、足を滑らせて落ちたりしたら痛いでは済まされない。どちらにしろあたしには関係のないことだが、用心に越したことはない。あたしはノワール・マオとは反対側の道を歩くことにして古い教会の前を右に曲がった。
罰当たりなノワール・マオ。教会の十字架の上で一休み。
見えたぞ。アレが、お前の目指すべき第一の関門だ
関門だろうが難問だろうが、突破すりゃいいんでしょ
はてさて、お前はよほどの大馬鹿者らしい
変質者に言われたくない
けれども、悔しいんだけれども、いまはその変質者に頼るほか、この世界を脱出する術はないのだ。
ドのつく銀髪シルクハットのエセ紳士。
ノワール・マオがあたしの命運を握っている。彼は楽園の使者か、はたまた地獄への水先案内人か。
とにかくいまは彼の示す道を行くしかない。次の角を左に、居眠り兎の前を起こさないように静かに、静かに通り抜けた。次はアメフラシだっけ?
ねえ、一つ聞いてもいい?
ノワール・マオは十字架の頭を蹴ってあたしの近くにあった街灯の上に飛び移った。赤いコートの裾がひらりと風に踊る。
やれやれ、お前はいつも質問ばかりだ。だが、あえて答えてやろう。それが僕の矜持と言うものだ
ありがと。じゃあ、聞くけど
帽子を脱いで畏まった挨拶を頭上でするノワール・マオなんか放っておいてあたしは、その前を通り過ぎながら何気なく聞く。
その目的地のお屋敷の屋根って、何色なの?
……
ノワール・マオはそっと帽子を被り直した。
そして遠くの、おそらく屋敷のある方角を見つめながら首を傾げる。
赤だったか…いや、青だったかな? いやいや、やはり赤だ! いやいやいや青だったような気がしないでもない!
だから、どっちなの。
赤か、青か。
一人で悩んでいるノワール・マオを無視してあたしは飴降らしのいる交差点を左に曲がった。
結局、見えてきた屋敷の屋根は赤でも青でもない、黄色だった。
本当にこいつは信用ならない。