俺は二つ、最大の謎を抱えている。

 高校二年生の俺は、当然今までに赤ちゃん、幼稚園、小学校に中学校、そして、去年までは高校一年生も体験したわけであって。

 だけど俺には、二つだけ大きな謎がある。

 その一つは——

 高校二年生の、始業式の前日までの記憶がないことだ。

 何故か分からないが、俺は四月の、三ヶ月ほど前の始業式からの記憶しか持ち合わせていない。

 そして、もう一つの謎は——

ヤッホー、滝川。元気してる?

 おっと。同じクラスの如月が、弁当を片手にやって来たようだ。ちょうどいい。もう一つの謎は彼女が明かしてくれるだろう。

おお、如月。お前も一人で昼ご飯か?

まあね。そういう滝沢も、今日も一人なんだ

俺は一人で静かに食べるのが好きなんだよ

知ってるけど……

 少しの間があった。如月は一旦空へ視線をやって、そうして俺の方を見ていった。

ね、ねえ。その・・・もしあんたが寂しいんだったら、私が一緒に食べてやってもいいわよ

 頬を赤らめる如月に見惚れる俺。だけどそれも長くは続かない。

 俺の視界を、『それ』が埋め尽くす。如月の顔は、すでに見えなくなっていた。

1.はっきり断る

2.用事があると言い訳して去る

3.無視して勝手に一人で食べる

4.一緒に食べる

 これが俺のもう一つの謎。女子たちと話をすると、途端に視界の中に四つの選択肢が訪れるのだ。
 そして不思議なことに、選択肢があるにもかかわらず、俺の意志は関係なくその中から一つが勝手に選択されてしまうのだ。

ああ。もちろんいいぜ

 今回選ばれたのは4だった。

 俺と如月は、並んで歩いてサッカーグラウンドの見える場所に腰を下ろした。

これ、私が作ったのよ。良ければ食べてみてもいいけど

1.タコさんウインナーを一つ食べる

2.いらないと断る

3.弁当箱ごと交換する

4.卵焼きを食べさせてくれと、口を開ける

これは無難に1しかない……

じゃあ卵焼きを食べさせてくれよ

あああああ!? 
言っちまったああー!!

 今回も4だった。今までも、俺はこんな風に勝手な選択に惑わされてきたのだ。だから、もうこの流れはどうにもならないことを知っている。

 そんなこんなで。今日も謎の4択に惑わされながら、俺は一日を終えた。

 7月28日。少し遅めの終業式だ。明日からは夏休みが始まる。

 そして当然、その間は如月と会うこともないだろう。

 俺はいつか如月と一緒に昼ご飯を食べた、サッカーグラウンドが見える場所に一人、腰を下ろしていた。

 視界の奥には校舎が見えた。その向こうには、沈みかけの夕日も。

隼人

 背後から声が聞こえる。彼女の声だ。もう俺は、彼女の声ならば聴くだけで分かる。

 その声には決意が込もっていた。

どうした? 紗耶香

 俺の返答を確認し、紗耶香は俺の隣に静かに座った。半分だけ見える、彼女の横顔。その光景は、もう俺の日常と化していた

 

明日から、夏休みだね

 紗耶香は小さく呟いた。消え入るような声に、俺はただ頷くだけ。

 彼女は何かを言いかけて口を閉じ。そしてそのまま目を閉じた。

 そこから微かに洩れる息は、かろうじて言葉を為していた。

「気付いてよ……」

 いくら鈍感な俺でも分かる。彼女の言いたいこと。彼女の決意。だけど俺には何も出来ない。ただ黙って、彼女の言葉を待ち続けるだけ。

 いつものように、勝手なこの選択に身を委ねるだけだ。

……隼人はさ。夏休みは彼女と遊んだりするの?

 ようやく出て来た言葉は、そんなものだった。
 俺は首を振って答える。

ははっ。俺には彼女なんかいないしな。今までと変わらず、独りで寂しく過ごすだけさ

だったら……!

 一際大きな声を上げ、紗耶香は口ごもる。

だったら……私と……夏休みも

 ひっくひっくと、時折言葉に混じってそんな音が聞こえる。もう少しだ。もう少しだから、頑張ってくれ。

 そして。

 俺のその思いが届いたのか、最後にはもうほとんど泣きながら、それでも紗耶香は俺に言った。

一緒に遊ぼう。一緒に勉強しよう。……夏祭りも、一緒に行きたい!

 それから、最後に紗耶香らしく、何とも可愛らしくこう言ったのだ。

だからさ。あんたの彼女になってやってもいいわよ

 ツンデレ、というのだろうか。だけど彼女の場合、デレが八割を超えているような気がする。

 世間では八割ツンデレの女が見せる、二割のデレにトキメキを感じるのが普通らしいが、みんなはどうだろうか?

 少なくとも俺は、こっちの方が好きだ。

 恥ずかしいのか視線を逸らす彼女の頬は、赤く染まっていた。

 ここで通常のツンデレなら、「夕日のせいよ」なんて言うのだろう。

ほっぺたが赤いぞ? 紗耶香

な、何よ。別にいいじゃない! 隼人の事本当に好きなんだから!!

 ほらね。みんなもこっちの方がいいと思わないか?

 だから俺は、OKの意味を込めて、彼女の唇に自分の唇を重ねた。
 

 夕日に照らされた俺たちの姿は、永遠の愛を形作っていた。

おおーー!
まさかの紗耶香ちゃんルートクリアですか!?

まあ僕にかかればこのくらいどうってことないよ

流石宮本氏。そこら辺のやつとは違いますな

ほら、次は君の番だよ。拓真くん

次は美咲ちゃんルートを目指すぞー

 4月9日。俺は高校二年生になった。

 俺は二つ、最大の謎を抱えている。

 高校二年生の俺は、当然今までに赤ちゃん、幼稚園、小学校に中学校、そして、去年までは高校一年生も体験したわけであって。

 だけど俺には、二つだけ大きな謎がある。

 その一つは——

——昨日までの記憶がないのだ。

 そして、もう一つの謎とは——

1.如月紗耶香(きさらぎ さやか)に会いに行く

2.白鳥羽美(しらとり うみ)に会いに行く

3.後藤悠希(ごとう ゆうき)に会いに行く

4.蒼井美咲(あおい みさき)に会いに行く

 勝手に表示される四つの選択肢だ。俺は今朝から、この選択から逃れる手段を探している。

 と。前方から一人の少女がやって来た。四つの選択肢にはない、例外の女の子。彼女が運命を変える歯車になるかもしれない。

 長く薄い青色の髪の少女は、すれ違いざまにこう囁いた。

あなたは『    』
の主人公よ。

 だから、俺は悟った。

 この運命からは逃れられないのだと。

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