キミが夢を変えるまで

#4 理解者








       







まさか本当に細菌学者になるとはな

なによ急に。どうしたの?

いや。ちょっと昔のことを思い出してたんだ

わたしが、細菌学者になるって言った時のこと?

もう、知ってるでしょ?

わたしは一度決めたことは絶対曲げない。やり遂げるって

だからってそう簡単になれるものでもないけどな。

それに、当時は知らなかったんだ。そこまで頑固だなんてね

頑固って、酷いなぁ。
わたし、そうやって一度決めると、すごく集中できるの。

……それにね。わたし中途半端にできないんだよ。曲げちゃったら、わたしじゃなくなるし

……親父さんのことがあるから?

うん。ずっと、小さい頃から言われてた。一度決めたなら、やり遂げろ。曲げるなって。

そう言い続けていた父さんは、わたしが中学の頃、事故で死んじゃった。
絶対にくれるって言ってたわたしの誕生日プレゼントが見付からなくて、別のを探している時に……車に

でも、それは……

わかってるよ。そんなの偶然だって。たまたま、父さんが言ったことを曲げようとした時に、事故にあった。不幸な事故だったって、わかってる。

でもね、ダメなの。これもトラウマなのかな?
言ったことを曲げてはいけないって、その時強く思っちゃった。だから、わたしはこれからも、言ったことを曲げないよ。

ていうか、この話、直基と散々したよね?

……そうなんだけどな。

なぁ、これも散々話したけど、弓香、相変わらず結婚は考えていないのか?

あはは、今は細菌の研究で忙しいから。どんなウィルスにも効く、ワクチンの開発。とっかかりすら、掴めてないんだ。

それに、料理の一つもできないような女だからね、わたし

     


……そうか。
料理は別に、気にしなくていいけどな

ごめんね、直基……。

あ、直基の方は研究どうなの? こないだ精神学の先生のところに行ったって聞いたよ?

早いな。一昨日だぞ、それ。実はちょっと作りたいものがあって――

     






     








 精神交換機で過去に戻りながら、思い出す。

 そう、弓香は絶対に、言ったことを曲げない。

 高校生だった当時の俺は、彼女の頑固さ、意志の強さ、その理由を知らなかった。


 だけど未来からタイムリープした俺は、すべてわかっている。

 弓香のことを理解している。


 だからこの『弓香を風呂に入れてウィルスを殺すミッション』は、一回でクリアしてみせる。





     











高矢 直基(たかや・なおき)

京森さん、いま帰り?

京森 弓香(きょうもり・ゆみか)

あ、高矢くん。
うん! でも今日は絶対に駅前の本屋に寄ろうと思ってるんだ!

そうなんだ。俺も駅の方に用事あるし、一緒に行っていい?

いいよー!

     



 2016年。6月22日。

 何度も繰り返したこの日。今回は歴史通りに弓香と会い、一緒に本屋に向かう。



 弓香は今、エルゲストウィルスに感染しているはずだ。

 彼女から他の誰かにウィルスが移ってしまう前に、風呂に入れることができれば、ウィルスは死滅。感染者が死ぬところを見ずに済む。


 問題は、どうやって弓香を風呂に入れるかだ。

 彼女は電車通学で、帰ってから入るのでは遅い。ウィルスを移してしまう。

 そもそも本屋に行くと決めた彼女を曲げることはできない。結局、歴史通りになってしまう。


 つまり、本屋に行く前に風呂に入れなければいけない。

 そのためには……。






京森さん。本屋行くならちょっと急ごう。雨が強くなってきたし、あんまり濡れたまま本屋に行くのはよくないよね?

そうだね、本がしけっちゃうよね。
うん、急ごう!

 そう言って弓香は歩調を早める。俺はこの辺りの道を知らないから、ということで後ろをついていく。


 いつも通りの会話をし。




 ……そろそろだな。


あ、そうだ。京森さん

うん? なに? 高矢くん

 俺の声に、振り返る弓香。

 その時だった。


ザバッ!

きゃっ、つめた!

     




 トラックが走り抜け、水たまりの水が勢いよく撥ねる。

 俺の前を歩いていた弓香は、思いっきりその水を被ってしまい、ずぶ濡れだった。



うわぁ……ひどい、なにこれ

さ、災難だったな……。
あのトラック、気付かず行っちゃったし

     


 すまない、弓香。ここであのトラックが水を撥ねさせるのは、わかっていたことなのだ。

 歴史通りならば、俺たちより前方で起きることだったが、早足になったため弓香に直撃することになった。
 後ろから声をかけたのも、気付いて傘で防いでしまわないようにだ。


う~……どうしよう

その格好じゃ、電車にも乗れないな

その前に本屋に入れないよ!
うう、絶対本屋には行きたいのに

 帰りのことより本屋に行けないことを心配する。

 弓香ならそう言うだろうと思ったよ。

 だから……。





しょうがない。
京森さん、うちに寄りなよ。乾燥機、あるからさ。制服乾かしていきなよ

え、でも……

今日体育あったし、ジャージとか持ってない?

あ、うん。あるよ、ジャージ

乾くまでそれ着てるといいよ

でも、いいの? 迷惑じゃない?

大丈夫。うち、両親共働きで、この時間いないし。気を使わなくていいよ

う~ん……

本屋、行きたいんでしょ?

うん。それは、絶対。

……わかった。ごめんね、高矢くん。お世話になるね

オッケー。これくらい気にしなくていいよ。
あ、そうだ。折角だから風呂、入りなよ

そ、それはさすがに申し訳ないよ!
タオルだけ、貸してもらえればいいから!

まぁまぁ。実はさ、うちの家電、スマホで操作できるんだ。

ほら、これでポチッと押せば……着く頃には風呂が沸いてるはずだよ

へ~! すごいね、高矢くんの家!

って、ほんとに沸かしちゃったの?

うん。ま、こうやって折角沸かしたんだしさ。入っていってよ

うぅ……恥ずかしいけど、水浴びてちょっと寒いんだよね……

おっと、じゃあ急ごう。京森さん

……ほんと、ごめんね

謝ることないよ

     



 よし。上手くいった。


 この時間を繰り返し、なにが起きるか完璧に把握していたから。

 弓香が本屋に行くのを諦めないのをわかっていたから。

 うちの風呂に誘うことに、成功したのだ。




ね。ありがと、高矢くん

……どういたしまして



 俺が仕組んだことだし、本当はお礼もいらないんだけど。

 それでも俺は、少し嬉しかった。

     












続く

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