今日の放課後もまた、
俊之が絵美の教室にやって来た。

俊之

絵美、帰ろうぜ。

絵美

うん。

由佳

今日も山ノ井君チに行くの?

絵美

うん。

由佳

ねぇ、山ノ井君。

俊之

何?

由佳

今日は私達も山ノ井君チに
行ってもいいかな?

俊之

構わないよ。

由佳

じゃあ、少し待っていてくれる!?
もうすぐ木綿子が来ると思うから。

俊之

絵美、今日の勉強は夜にしよう。

絵美

解った。

由佳

山ノ井君、今週は毎日、
絵美のところに来ているよね。

俊之

今、バイトの現場が遠くてさ。
土日しかバイトが出来ないんだよ。

由佳

そうだったのね。

俊之

参っちゃうよ。
今月はバイト代、半分くらいに
なるのかもしれない。

由佳

いつもは、
どれくらい貰っているの?

俊之

五万、いくかいかないか、くらいかな。

由佳

すごいじゃん。
高校生で五万円は大金じゃない!?

俊之

すごくねーよ。
それだけ働いているだけ。

すると、廊下から木綿子が教室に入って来た。

木綿子

由佳、お待たせ~。

絵美

木綿子、来たよ。

木綿子

何?
今日は絵美も居るの!?

絵美

私が居ちゃ、いけないの!?

俊之

長谷川、風邪はもういいの?

木綿子

あれ、山ノ井君も居るんだ。
もう大丈夫だよ。

由佳

今日、これから
山ノ井君チに行くんだけど、
木綿子も行くでしょ!?

木綿子

山ノ井君、いいの?

俊之

いいよ。

木綿子

じゃあ、行く。

そして四人は自転車で俊之の家へと向かった。

途中で絵美はいつも一旦、自宅へ帰り、
着替えてから俊之の家に行っていたが、
今日は由佳達も一緒だったので、
そのまま自宅の前を通り過ぎて行く。

俊之の家に着くと、
俊之以外の三人は庭先に自転車を止める。

俊之

絵美、今日は玄関からでいいよ。

絵美

判った。

俊之はいつもの様に家の脇のスペースに
自転車を止めて、勝手口から家の中に入って行く。

幾らもしない内に、玄関の鍵を開ける音がする。

絵美

由佳、木綿子、こっち。

絵美が由佳と木綿子を呼びながら、
玄関のドアを開けた。

絵美に促されて、
由佳と木綿子が先に玄関の中に入る。

最後に絵美が玄関の中に入ってドアを閉めた。

俊之

上がっていいよ。

待っていた俊之が皆に声を掛けた。

由佳

お邪魔します。

木綿子

お邪魔します。

絵美

お邪魔します。

三人が家に上がる。

俊之

絵美は別に言わなくていいだろ。

絵美

玄関は久しぶりだったし、一応。

そして俊之が三人を引き連れてリビングへ行く。

俊之

適当に座っていいよ。

由佳と木綿子がテーブルの脇に座る。

木綿子が窓側で、
由佳が木綿子から見て左側に座った。

俊之

絵美、頼むな。

絵美

了解。

俊之は一人で二階の自室へ行った。

絵美は台所へ行って、皆の麦茶を用意する。

そしてリビングに四人分の麦茶を持って来て、
木綿子の対面に座った。

由佳

何、あんた!?
自分チみたいに。

絵美

あはは。
実は私、俊君のお母さんとも
仲良くして貰っちゃって、
もう家族同然に扱って貰えているんだ。

木綿子

そうなんだ。

絵美

俊君もウチの家族と仲良しだから、
ウチでは俊君も家族同然なんだけどね。

由佳

それじゃ、あんた達、
もう結婚しちゃえばいいじゃん。

絵美

それは、まだ早いって~。

木綿子

絵美は結婚を考えていないの?

絵美

正直に言えば、
私は結婚する気、満々だけど。

由佳

まあ、実際のところはまだ、結婚なんて
出来やしないんだろうけどさ。

木綿子

山ノ井君、私達と同い年だもんね。

そして俊之がTシャツとハーフパンツ姿になり、
リビングに戻って来て由佳の対面に座った。

由佳

ねぇ、山ノ井君。

俊之

何?

由佳

絵美と結婚するつもりなの?

俊之

一応、そのつもりではいるよ。

木綿子

そうなんだ。

俊之

でも俺達、まだ若いからさ。
これから何があるかは
分からないし。

由佳

それは、そうかもしれないけどさ。

木綿子

高校を卒業したら、
結婚すればいいじゃん。

俊之

それは、ちょっと早いんじゃないかな。

由佳

そうかな~。
すごくお似合いだし、
いいんじゃないの!?

俊之

俺は大学を卒業してからって
考えているんだよ。

由佳

そうなんだ。
そんな先まで、
ちゃんと考えているんだ。

木綿子

羨ましいな~。

俊之

だから大学を卒業するまで、
絵美に逃げられないようにしないとな。

由佳

何を言っているのよ。

木綿子

絵美はどうなの!?

絵美

何が?

木綿子

山ノ井君が大学を卒業するまで
待てるの?

絵美

うん。
全部、俊君に任せてあるんだ。

由佳

そっか。
じゃあ、私達がああだこうだ
言っても仕方がないわね。

俊之

そういうこった。
それより、佐藤と長谷川は
どうなんだよ!?

由佳

えー、私達の事はいいわよ。
ねー。

由佳が木綿子に相槌を求めた。

木綿子

そうよ。

俊之

まだ彼氏、出来ねーの?

由佳

だから、放っておいて頂戴。

俊之

何を言ってんだ。
俺に惚れていたくせに。

由佳

あんたこそ、何を言っているのよ!

俊之

あはは。

由佳

いつの話をしているのよ。
しつこい男は嫌われるわよ。

俊之

だってさ。

絵美

俊君、止めなよ~。

木綿子

山ノ井君って、結構、意地悪なんだね。

絵美

そうなの。
私も時々、虐められるんだ。

木綿子

そうなんだ。

絵美

でも、私が相手だと、
俊君の方が降参しちゃうんだ。

木綿子

へぇ~、山ノ井君って、
そういうところあるんだ~。

俊之

ははは。

由佳

いい事を聞いちゃったな~。

俊之

何だよ!?

由佳

これから、いじり甲斐があるかなって。

俊之

何を言っているんだ。
いじられキャラは絵美で十分だろ。

木綿子

確かに、絵美はいじり甲斐があるよね。

絵美

俊君も木綿子も何を言っているのよ~。

木綿子

ほらね。

俊之

あはは。

絵美

俊君、何を笑っているのよ~!?

絵美がむくれる。

俊之

ごめん、ごめん。

絵美

ほらね。

由佳

その山ノ井君って、面白過ぎ~。

木綿子

本当に可笑しい~。

由佳と木綿子が大笑いする。

俊之

そんなに笑う事は無いだろ!?

由佳

だって普段の山ノ井君と
全然、違うんだもん~。

木綿子

すごく意表をついているよね~。

俊之

仕方がねーだろ~。
俺は絵美にだけは
嫌われる訳にはいかないんだよ。

由佳

それは、
そうかもしれないけどさ~。

木綿子

もう完全にツボだわ。

二人はまだ笑っていた。

俊之

絵美、何とかしてくれよ~。

絵美

私、知らない~。

由佳

山ノ井君、これ以上、笑わせないで~。

木綿子

本当に死んじゃう~。

結局、俊之は火に油を注ぐ様な形になり、
二人は更に大笑いする。

俊之

何を言ってやがるんだ。

絵美

もう、諦めた方がいいと思うよ。

俊之

そうなの!?

絵美

一回、ツボに入っちゃうと、
ちょっとした事で
可笑しくなっちゃうからさ。

俊之

人んチ来て、人の事、
大笑いしやがって。

由佳

ごめん、ごめん。
でも、お願いだから、
少し放っておいて。

俊之

全く。
んで、絵美、今日はどうする!?

絵美

う~ん、どうしようかな~。

俊之

俺の方が行こうか?

絵美

その方がいいかな。
着替えたいし。

俊之

じゃあ、そうしよう。

絵美

夕飯はどうするの?

俊之

どっちでもいいよ。

絵美

じゃあ、ちょっと待っていて。
お母さんに電話をする。

そう言うと、
絵美は自分の携帯で自宅に電話をかけた。

絵美の母

もしもし。

絵美

もしもし、お母さん!?

絵美の母

絵美なの!?

絵美

うん。
今日、俊君の分の夕飯、
用意しておいてくれる?

絵美の母

いいわよ。
それで何時頃、帰って来るの?

絵美

俊君のお母さんが帰って来て
からになると思うから、
5時半くらいかな。

絵美の母

分かったわ。

絵美が携帯をきる。

絵美

ウチでご飯、食べよ。

俊之

分かった。

由佳

本当、完全に
出来上がっちゃっているんだねぇ。

俊之

何だ!?
急に。

由佳

何とか復活したわ。
木綿子はまだ、
笑っているみたいだけど。

絵美

木綿子、笑い上戸だもんね。

由佳

あんた達、傍から見ていると、
もう完全に夫婦も同然ね。

俊之

そうかな!?

由佳

雰囲気、出ているよ。

絵美

そうなんだ~。

木綿子

私もそう思うな~。

絵美

木綿子、もう大丈夫なの!?

木綿子

うん。
何とか、ね。

由佳

ただ、私達と同じ高校生とは、
とても思えないけど。

木綿子

やだ、由佳ったら、
笑わせないでよ~。

俊之

だってさ。

絵美

私、そんな事を
言われたの初めて~。

俊之

何、喜んでいるんだよ!?

絵美

だって私は幼く見られる方が
殆どだからさ~。

由佳

別に絵美の事、大人っぽいとか
言った訳じゃないよ。

絵美

そうなの!?

由佳

単に、高校生同士の恋人には
見えないって言っただけ。

木綿子

本当に雰囲気、
出来上がっちゃっているもんね。

由佳

まあ、正直に言うと、
そういうのが羨ましく
思えたりもするんだけどさ。

絵美

そっか。

木綿子

でも、勿体ない気が
しないでもないよね。

由佳

そうね。

絵美

どういう事!?

木綿子

だって私達まだ、高校生なんだよ。

由佳

もっと色々と恋愛をしたいって
思ったりもするよね。

木綿子

そうそう。

俊之

それって負け惜しみじゃないの!?

由佳

確かに、少しは、
そうなのかもしれない。

木綿子

でも、もっと恋愛を楽しみたいって
いうのも、本音ではあるよね。

絵美

そっか~。

俊之

絵美も、そう思ったりする?

絵美

ん~ん。
私は俊君が居ればいい。

俊之

俺も。
まあ、人それぞれ、だからね。

木綿子

そうだね~。

由佳

あんた達はあんた達で
お似合いだし。

俊之

佐藤と長谷川も早く彼氏を見つけろよ。

由佳

うるさいわね。

木綿子

余計なお世話って奴よ。

俊之

ぶっちゃけちゃうと、
佐藤と長谷川って、結構、
男子に人気があるんだよ。

木綿子

そうなの!?

由佳

なんとなくは
感じない事もないけどね~。

絵美

ねぇ、私はどうなの?

俊之

絵美は全然。

絵美

えーーー。

俊之

だって、俺達の事、
もう知れ渡っちゃっているじゃん。

絵美

何で、知れ渡ると
人気が無くなっちゃうの?

俊之

男は基本的に、
彼氏のいる女なんかに
興味を持たないからね。

絵美

そうなんだ。

俊之

まあ、俺達はいいんだよ。
問題は佐藤と長谷川の方。

由佳

問題って何よ!?

俊之

ぶっちゃけ、お前等、
彼氏が欲しくねーの?

由佳

そりゃあ、欲しくないと言ったら、
嘘になっちゃうけどさ。

俊之

長谷川は?

木綿子

私も欲しいけど。

俊之

だったら、
その気になりさえすれば、
どうとでもなると思うけどね。

由佳

どうとでもって言うけど、
こっちとしては誰でもいいって
訳じゃないしねぇ。

木綿子

そうだよね~。

俊之

全く、口の減らねぇ奴等だな。

由佳

余計なお世話よ。

俊之

まあ、いいや。
今日は、これくらいで
勘弁をしてやるよ。

由佳

何が勘弁をしてやるよ、よ。

木綿子

別に、山ノ井君に勘弁をして貰う
必要なんて無いけど。

俊之

絵美、こいつ等、
どうにかしてくれよ~。

絵美

あはは。

俊之

とにかく、俺が協力を
出来る事があったら、
協力はするからさ。

由佳

何、急に優しくなっているの?

俊之

本当に可愛くねー奴。

由佳

可愛くなくて悪かったわね。

俊之

俺、絵美の事を好きになって
良かったって、つくづく思うよ。

由佳

じゃあ、それでいいじゃん。
私達の事は放っておいて。

俊之

ああ、そうさせて貰うよ。

由佳

何!?
もう、諦めるの?

俊之

何だよ、放っておいて
欲しかったんじゃないのかよ!?

木綿子

あはは。

由佳

ごめんね~。
ちょっと山ノ井君、
からかってみたんだ。

俊之

全く。

由佳

だって、山ノ井君が
いじり甲斐のある男の子だって、
判明しちゃったからさ。

木綿子

女の子に弱味を見せると、
こういう事になるのよ。

俊之

ああ、分かったよ。
もう、どうとでもしてくれよ。

木綿子

あはは。

絵美

木綿子、笑い過ぎだよ~。

木綿子

ごめん、ごめん。
でも、可笑しくて。

由佳

ねぇ、山ノ井君。

俊之

何?

由佳

また、私達も遊びに来ていいかな?

俊之

嫌だって言っても来るんだろ!?

由佳

当たり。

俊之

まあ、いいよ。
俺が居ない時でも来て貰って
構わないから、絵美の相手でも
してやってくれよ。

木綿子

どういう事!?

絵美

私、今、俊君チの家事を
手伝ったりしているんだ。

由佳

そうなんだ。
道理でウチに来る頻度、
減った訳ね。

俊之

だから、今度からはウチで
遊んで貰ってもいいからさ。

由佳

分かったわ。
時々、そうさせて貰うわね。

木綿子

それじゃ、私達はそろそろ帰ろっか!?

由佳

そうね。

木綿子

絵美はどうするの?

絵美

私はもう少し、俊君チに居る。

木綿子

そっか。

由佳

山ノ井君と一緒に帰るんだよね!?

絵美

うん。

由佳と木綿子が立ち上がる。

そして俊之と絵美も立ち上がった。

俊之

外まで送るよ。

由佳

ありがとう。

俊之

絵美、片付けておいて。

絵美

了解。

由佳

絵美、またね。

木綿子

また明日ね。

絵美

バイバイ。

俊之と由佳と木綿子はリビングを出て
玄関へ向かった。

絵美はリビングのテーブルの上にあった
コップを片付ける。

玄関では由佳と木綿子がそれぞれ
自分の靴を履き、俊之はサンダルを履いて、
ドアを開け、外へ出て行く。

由佳と木綿子はそれぞれ自分の自転車に乗り、
俊之に形通りの挨拶をして帰って行った。

それを俊之が見送る。

二人の姿が見えなくなると、俊之は家の中に入り、
リビングへと戻った。

幾らもしない内に、片付けを終えた絵美も
台所からリビングへ戻って来る。

俊之

そんじゃ、行こうか!?

絵美

お母さん、待たなくていいの?

俊之

書き置きをしておけばいいよ。

絵美

もうすぐ、
帰って来るんじゃないの?

俊之

残業をしてくるかもしれないし。

絵美

それじゃ、ちょっと待っていて。

俊之

何で?

絵美

洗濯物だけ、取り込んでおく。

俊之

サンキュ。

絵美がリビングを出て行く。

そして俊之はリビングで書き置きをする。

メモ紙には絵美の家で夕食を済ませる事を書いた。

書き終えると、俊之は一度、自分の部屋に戻って、
勉強道具を鞄に入れて持って来る。

そして絵美が洗濯物を取り込み終えると、
二人は絵美の家へと向かう。

大分、日も短くなり、
すでに空は夕陽で赤く染まってきていた。

エピソード25/カルテット

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