キミが夢を変えるまで

#2 タイムリープ








京森 弓香(きょうもり・ゆみか)

それにしても、雨止まないねー。今日は一日降り続けるのかな?

高矢 直基(たかや・なおき)

夜には止むって言ってたけど、その予報は外れだよ

だよねー。これ止まないよね。きっと空が今日は一日雨降らすぞって決めたんだよ、きっと

はっはっは、そうかもしれないな

 2016年6月22日。

 俺は精神交換機を使い、運命の放課後へと戻ってきた。


 京森弓香。
 クラスメイトの彼女とは、数分ぶりなのだが、今の俺にとっては7年ぶりだ。

 だが、当時の俺なんかより、ずっと弓香のことを知っている。
 恋人に近い関係になったが、彼女は俺なんかよりもウィルスの研究を愛していて、心を通じ合わせることなどできなかった。

 今隣りにいるのは、20年前、まだ細菌学者への夢を目指す前の弓香だ。
 いまなら、別の道を選ばせることができる。



 雨の中、傘を差して並んで歩く。

 トラックが走り抜け、水が撥ねる。

 来るのはわかっていたから、今度は足を濡らさずに済んだ。



 そして、いよいよ、本屋へと続く路地に差し掛かる。

なぁ、ゆ……京森さん。雨強くなってきたし、向こうのアーケードの方から行かないか?

え? でも、もうすぐそこだよ?

そっちの道狭いしさ、傘邪魔になるでしょ

そうだけど、あれ? 高矢くんこの近道知らないんじゃなかったっけ?

ち、近くまで来たら思い出したんだ。そういえばこんな道あったなぁって

ああ、うん。あるよね、そういうこと

だろ? それにほら、本屋に入るなら、あんまり濡れてない方がいいだろうし

うーん、そこまで言うなら……。
あ、すみません

……

 路地とアーケードへの分かれ道で話していたから、少し邪魔になっていた。

 アーケードの方から来た人が困った顔をしていたので、端に寄る。


よしっ。
それじゃ、アーケードの方から――

 上手くいった。これで、歴史が変わると思った。





今、通り過ぎていった人――ウィルスで死んだ人じゃないか?

高矢くん? どうしたの?

 突然固まった俺に、怪訝そうに首を傾げる弓香。

 その時、あの音が聞こえた。



 何故だ。

 あの人は、路地の反対側から歩いてくるはずだ。

 どうして、アーケードの方から来たんだ?




 俺たちは振り返る。振り返ってしまう。



から……だ、が、しびれ、うごかな、い

なん、だ、これ。
……う、あ……あぁ……!

 手と足が崩れ、血が噴き出し、倒れていく。







……失敗だ

 予め設定しておいたキーワードを口にした瞬間。

 俺の精神は未来へと帰り、精神交換機がリブート、再び過去へと飛んでいく。












京森さん、いま帰り?

 2016年6月22日、放課後。
 昇降口に立つ自分へ。

 もう一度、やり直しだ。





 

 歴史の強制力は本当に存在するのだと、俺は身を以て感じていた。


雨が強いし、アーケードの方から行かないか?

うーん……それもそうだね

 路地に入るよりももっと前からアーケードに入ってみたが、やはり例の人とすれ違い、人通りの多いところで発症してより大惨事になった。







 

ここのたい焼きが旨いんだ。奢るから食べてみないか?

いいの? なんか、悪いね。
ありがとっ、高矢くん!

 寄り道をしてタイミングをずらしてみたが、やはり本屋の手前ですれ違ってしまい、結果は変わらなかった。







 

見るなっ!

えっ?! な、なに? どうしたの?
……きゃっ!

 倒れる音がした瞬間、弓香の視界を塞いでみたが、その場凌ぎにもならなかった。

 当たり前だ。









 俺がなにかをしたところで、歴史を変えることはできないのだろうか。


 いいや、諦めてたまるか。絶対に、変えてみせる。




 

京森さん、知ってるか? 実はこっちに、もっといい近道があるんだ

ほんと? 案内してよ、高矢くん!

 いっそのこと、まったく違う道から行くことにした。




……ね、こっち、遠回りじゃないの?

そう見えるかも知れないが、実は歩く距離は短くなっているんだ

 もちろん、嘘だ。
 彼女の言う通り、かなり遠回りになる。

 弓香を騙すのは気が引けるが、もうそんなことを言っている場合じゃなかった。






行ける……!

 もうすぐ本屋だ。

 さすがに、弓香も不審がっていたが、本屋が見えて来たことでほっとしたようだ。

 彼女にとって、途中経過は重要ではない。とにかく本屋に行ければそれでいいのだ。



 前方、本屋までの道のりに、例の男の人はいない。
 スーツを着た女性が歩いてくるだけ。


 勝った。俺は歴史に勝ったんだ。

 女性とすれ違い、本屋に入ろうとして――



えっ……?

 俺は恐る恐る振り返る。そこには。



なによ、これ。
うそ、いや……いやぁぁぁ!!

 膝を突き、変色した自分の手を見て悲鳴を上げる女性。



 まさか、どうしてだ。

 どうして、別の人間が……。

くそ……失敗だ

 精神交換機が俺の精神を未来に戻す。




 エルゲストウィルスの特徴。

 人から人へと移っていき、決まった条件も無くランダムで発症する。


 発症しなかった感染者は、ウィルスが出て行くまでの間、発症することはない。再度感染し発症することはあるが、感染後すぐに発症しなければ、ひとまず安心していい。

 つまり発症しない人は、発症する人への渡し役なのだ。



 俺たちが見た、発症した感染者は、いずれもすれ違った人間だ。

 ウィルスが発症する場合、感染して即座なのも特徴の一つ。

 つまり……。








まさか、俺たちのどちらかが、感染者なのか?












続く

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