【 >GAME OVER:1 】

 平然と見返すヤツを、僕は瞠視していた。

“この世に肉体の存在しない娘”? 何だそれ。訳がわからない。実在しない女の子が、何でそんなことが出来る。僕の困惑を気取ったか見透かしたか、ヤツは溜め息を吐いて補足を始めた。

本来なら、ね。言っただろ。媒介を通さず、質量と密度さえ与えれば現実に存在させることが出来る……たとえば、人格なんかは思考パターンを模倣出来れば、人間が育つより遥かに早くシミュレート回数で育成出来る。人間より理性的な知的生命体を作ること自体、造作も無いことだよ

 あっさりと言い切ってくれる。僕はどうにか心を落ち着け、脳内を整理した。

 詰まるところ、ヤツが創り出した人工生命体が現実にいて、自立してこの騒動を繰り広げていると言うこと? ヤツの言い分を鵜呑みにするならばそう言うこと。

それは……

……

現実に、いるのか……?

 PCの中とか、ああ言うことでなく? 僕の質疑への応答はやはり淀み無かった。

いるよ……ああ、ロボットとかのような、機械仕掛けでも無いよ。言っているだろう? 適切な質量と密度を与えれば良いんだって。

 意思を持ち、交われ、触れる幻を、どう幻と定義する?

 頭痛がしそうだった。人造物が自己意識で以て自由に闊歩し世界を蹂躙している、と言うこと。……僕は唇を噛んだ。 「っつ、」 力加減を誤ったらしい。血の味がする。切れた。

 だけど血の味と痛みは僕の、非現実にヒートしそうな頭を冷却した。人工生命体が何だと言うのか。誰が主犯だろうと黒幕だろうと問題じゃない。人間で在ろうと無かろうとだ。

 僕は、阻止したいだけなんだ。これから起きるはずのことを防ぎ、ループを終わらせる。それだけのことなんだ。

 目的を思い出し、意識のクリアになった僕は交渉を続ける。

……誰が主導権を握っているかは、把握した。けれど、本当に、あんたじゃ何も出来ないのか? コントロールを、奪うことだって

無理だよ。言うなれば、あの子はシステムそのものだからね

邪魔することだって……

メインはここに無いんだ。建物すら違う。なのでね、ここからアクセスしても、すぐに復旧された揚げ句、こちらの権限を剥奪されるよ

……っ

 打つ手無し、と両手を挙げ笑うヤツに僕は苛立った……のだけども。

物理ならどうにかなるかもね。──────僕のこの後ろに在る機械が中継機になってるんだ

 中継機。黒い染みを生み出したり膜を作ったりしている装置と、命令を出す機器を繋いでいるそうだ。物理的……つまり、コレを破壊したら、止められるかもしれない、と言うことだ。

────

 聞いた僕の行動は早かった。

っ! おいっ

 ヤツは、冗談のつもりだったかもしれないが。

 僕は自身が座っていた椅子を振り被った。ヤツがとっさに避けた。見事背後の機械に命中する。僕は再度振り被って下ろす。振り下ろす。同じ動作を反復する。機械は頑丈で、すぐに大破とはならなかった。
 それでも、往復するパイプ椅子にどんどんハードに亀裂が入り、基盤やら配線が見えて来る。僕はやめない。

やめろっ!

 僕の暴挙に理解が追い付かずフリーズしていたのか、とは言え中身が見える程壊れて来た機械に正気付いたのか、慌てて僕を羽交い絞めにしようとした。僕は構わずヤツを払い除け、再び破壊行動に出た。

 僕は、僕が自覚するより余程切羽詰っていたんだろう。一心不乱。この漢字四文字がぴったりだった程度には。

 基盤が潰れ配線が千切れ掛け火花を出している。僕がパイプ椅子を振るうたび、ぶつけるたび、静かに鎮座していた機械は無残な姿になって行く。

『初回』の僕や『二回目』の僕であったなら、機械であろうとも躊躇ったかもしれない。だが『三回目』の僕は余地が無い。

やめろ!

 だとしても、立ちはだかった人ごと殴れる程、僕は振り切っていた訳でも無いようだ。ヤツが機械の前で腕を広げ妨げる。

落ち着け! 起動前なら良いが、すでに空間に影響を及ぼしているんだぞ! 黒い染みの説明をしただろう? 今壊したら、どんなことに陥るか、

……

 ヤツは、僕の説得を試みようとしていた。しかし僕は 「退けぇえええぇぇぇぇっ!」 威嚇した。

────!

 僕の叫びに呼応した訳では無かろうが。

……!

 ヤツの背に庇われていた機械が、爆発した。

わっ……

────

 初めは小さな規模だったけれど、次いで起きた爆発は──────

……ぅ

 僕は焦げ臭い匂いに気付いて目を覚ました。衝撃のせいか体の節々が痛い。そうでも、無理に上体を起こした。頭を振ってから辺りを見回す。そこは、大惨事になっていた。窓の嵌められていた壁は、消えていた。真向かいの、通路側の壁も崩れて、焦げていた。僕は立とうと足に力を入れたけれども。

って、……

 足に力が入らない。それどころか折れているみたいだ。化け物との戦闘の外、こんなに酷い怪我は久しくしてなかった。殊、『二回目』は。軽く舌打ちをする。ふと、ヤツはどこだろうと見渡した。僕は、愕然とした。

 ヤツが死んでいた。爆発で飛ばされたのだろうか。元は天井か壁の、コンクリートの塊の下敷きになっている。

……ぁ……あ……

 通常トーナメントの戦闘で死ぬことは無い。僕とヤツとの戦いでも同様だった。倒すことは在っても、死なせたことは一度も無い。
 だから、僕は初めて僕の意志で、人を死なせたことになる。途端に、ループに対して以外の恐怖が込み上げて来た。でも。

……そうだ……機械

 動けない僕は遠目で機械を探した。─────在った。

あ……

 機械は、下半分を残して上半分は吹き飛んでいた。煙を出し、ぷすぷす音がしている。破壊することに夢中でわかっていなかったけど、機械は小さかった。あの爆発を起こしたのは、本当にコイツなのか、と言うくらい。

……

 壊れていた。壊れた。

……。……は、

 僕の口から笑いが洩れた。空虚な音だった。
 同時に、目から、雫が落ちた。
 涙、だった。

 ヤツが死んだ。人を巻き添えと言え殺意は無かったと言え、殺してしまった。

 後悔と、恐怖と、懺悔の感情が湧く。
 反面、安堵と、よろこびに包まれる。

 機械が壊れたことで、もう命令と製造装置が繋がることは無い。あの状況は生まれない。

 ループすることは、有り得ない。

 階下の喧騒が聞こえて来たけども、心中ぐちゃぐちゃの綯い交ぜになった僕は身動ぎもせず笑い、泣いていた。

 そのとき。

 僕の頭の中で、声がした。

“残念。ゲームオーバーです”

“ボーナススキル、発動します”

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