追放まで後2年、そんな噂が彼女の耳に入るのは遅くはなかった。この町から追い出されてしまってはご飯も寝る所もなくなってしまう。罵詈雑言ばかり言われ、物を投げられ殴られていても少なからず生活の場としてはなくてはならない場所であった。

バル

追放されたら、どこへ行けば……

彼女は1日1日の短い不安だけではなく、これからの不安も抱えてしまい涙を流すことよりも先に毎日考え込むようになった。

???

ねぇ、あーそぼ!

彼女が9歳になって追放まで数ヶ月となった頃。彼女の元にいつもやってくる子がいた。
どうして「忌み子」の近くに自ら来てくれるのか分からなかったけれど。路地裏での二人の時間は彼女の不安を軽くする物だった。

バル

これが、…言葉……?

彼は普通に生活していれば平凡に生きていけるのに、「そんなじゃつまらないでしょ」とよく町の近くを通る旅人から盗みを働いているらしい。そのおかげか、この町では得られない知識も多く手に入れることができ、バルも彼から学ぶことは多かった。

???

そうそう、この本も盗んできたんだけどね、もう読んじゃったし貸してあげる

彼はよく本をバルに貸していた。彼としては感想を話し合う相手が欲しかったらしく、「君が初めてだよ、僕の読書仲間だね」と笑って話していたことをはっきり彼女は覚えている。
彼が貸してくれる本はちょっと難しかったけれど、彼女は何もすることがないのでいつも数日で読み終わってしまっていた。

バル

でも……

しかし、この日は違った。彼女はもう追放まで残りわずかだということを知っていた。そして本を借りると返せなくなることも分かっていた。だからこそ、彼から本を借りることはもうやめようと考えていたのだ。

でも、彼は差し出した本を無理やり彼女の手に持たせた。そして切なげに、でもいつものように明るくバルを元気付ける。

???

追い出されるんでしょ、……いいよ、その本、今度会うまでずっと持ってて

彼はバルが「忌み子」ということも、もうすぐ追放されることも知っていた。それを知っていて、優しく接してくれていた。それは彼女も薄々気付いていたが、彼の口から聞くのは初めてだった。

バル

……ありがとう、…絶対に返すから

「忌み子」だと知りながらも傍にいてくれた、笑い合えた。
彼は、彼女にとって初めての友達であり、この町で彼女の唯一の理解者だったのだ。

そして、彼に見せた最後の笑顔は彼女にとって初めての笑顔だった。

ほら、もう帰ってくんじゃねぇよ!

貴方の顔なんかもう見たくないのよ!早く私の目の前から消えて!

彼女が追い出される日はすぐやってきた。朝から怒号が響き渡り、バルに物が投げつけられていて。彼女は投げつけられる物から逃げるように早く町から出ようとした。

そこで初めて聞く声が響き渡った。大きな声、でも町の人とは違う、芯の通った、優しい声。

メノウ

そこまでだ、お嬢さんは私が貰い受けよう

こんな貧しい町に何の用?……この子は忌み子なの、どこかで一人で死んだ方がマシよ!

お前、その格好からして裕福な場所で生活してきたんだろ、……この町から出て行け!

この町にどうして来たのかさえ分からない綺麗な服。裕福な土地で育ったであろう綺麗な言葉遣い。すぐさまバルから綺麗な服を身に纏った男性に怒号が移り変わっていた。

バル

あの……

彼女はただ自分が受ければよいものを、知らない人が受けているのが辛かった。でもどうすれば自分が全て、この町に住む人の怒りを引き受けられるのか分からず。

不安そうな顔をするバルを見て、ゆっくり彼が口を開いた。

メノウ

大丈夫だ、……お嬢さんが受けていた物は、君が引き受ける物では元々ないんだから

彼はバルに笑いかけると、バルの手を取り「こっちへおいで」と自分の元に優しく引っ張ってくれた。

その子は忌み子だから……

メノウ

それは君たちの意見だろう?私には関係のないことだ

バルの母親の言葉を遮った彼は、そのままバルを引き連れて歩き始めた。戸惑いを隠せない町の人をよそに。

町から出て少し経った頃。彼は立ち止まって、優しくバルに話しかけた。「これからは怖がらなくていいんだ」と一言始めに添えて。

メノウ

大丈夫か、可愛らしいお嬢さん

バル

うん……、…えっと…

メノウ

私の名はメノウ、……そうだな、身分が違うから同じ立場にはいられないんだ、……だから私の事はご主人様とでも呼べばいい

バル

……ご主人様、……ありがとう…ございます…?

メノウ

綺麗な言葉を知っているんだな、……あぁ、それでいい、…これからお嬢さんを良い女性に育ててあげるよ

メノウに連れられ歩き始めたバル。彼女がこれから歩む道は、全く想像できる物ではなかった。


そして彼女は、……路地裏で少年から借りた本を、宝物のように大事に抱えていた。

???

また、いつか……会えるよね

そして、バルの唯一の友達も、新たな道を歩み始めていた。

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