メノウ

ここが私の家だ、……自由にしてくれて構わない

彼女がメノウに連れてこられたのは、あの貧しい町の隣にある都会、それは彼女の知らない世界だった。

「これからお嬢さんの住む家に案内してあげよう」と、バルは彼の家まで連れてきてもらったが、彼が彼女を連れてきたのはこの都会でも際立つ、この街の中でも上位を争うほどの大きさの屋敷だった。

バル

ご主人様は、お金持ちなのですか…?

自分の目の前にある屋敷は、彼女にとっては「本の中の空想」だった。あの時少し夢見た、でも「忌み子」の自分には無縁で、存在もしないと無理やり自分に思い込ませていた物だったのだ。

ただただ彼女の知っている「裕福」の度を超えていて、屋敷を見つめながら小さく呟いた。

メノウ

お金持ち、……そうかもしれないな

彼女の呟きに対して、メノウはゆっくり口を開いた。「お金持ち」そう言われたのは今回が初めてではないはずなのに。「貴族」「お金持ち」と何度も言われては、羨ましがられ、時には罵られる生活には慣れていたはずだった。
けれど、バルの口から出た「お金持ち」という言葉はそれと違った重みを感じた、ような気がしたのだ。

バル

ご主人様も、…私と同じかもしれませんね

バルは「忌み子」としてひたすら一人で戦ってきた、……いや殻にこもり続けた生活を続けてきた。そんな彼女にとって「お金持ち」という言葉に囚われているメノウは、本当の自分を見つけていない、殻にこもり続けた自分と同じような……。
ただ彼女は何も考える素振りを見せずに自分と同じと言ってみせた。

メノウ

……かもしれないな。私はお嬢さんと同じ、…だから身分は違えど気にしないでくれ

そんなバルの言葉に驚かされたメノウは、少し苦笑いをしてから優しく彼女に話しかけた。自分と君は同じ、だから「ご主人様」と周りを気にしてそう呼ばなくてはいけなくても、気にせずに接してくれと、ただそう願って。

バル

でも、……すぐには慣れない、…です

ただバルは「本の中の空想」をすぐ受け入れる感応力は備わっていなかった。当たり前だ。10年間、罵倒され続け、ある少年に心を許した一時があったとしても、それでもほとんど一人で生活してきた彼女に、屋敷で何も気にせず生活しろなんて無理である。

メノウ

大丈夫だ、…お嬢さんはまだ若い、……私がしっかり育ててあげるから、だからゆっくり学ぼう

そんな彼女を受け入れる覚悟は、メノウは随分前から出来ていた。「忌み子」と罵倒され続けた彼女を、普通の女性に、そしてその上にある上品な、素敵な、貴族のお嬢様に、育て上げる。
それは彼にとっての大きな野望であり、でも彼女に対しての愛情のつもりだった。

バル

あ、…ありがとう、……ございます…

メノウと、そしてこれから出会う人との関係が、バルにとって大きな一歩となり、でも迷宮に足を踏み入れることになるのは、まだ先の話かもしれないし、すぐの話になるかもしれない。


ただ彼女は「新たな世界」に踏み入れたのだった。

???

……あの貴族は、…何を考えて悪魔を連れ込んだんだ

彼女にとっての「新たな世界」の歯車は、もう回り始めていた。

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