砂時計の音が止まる。
視線を移すと、砂時計の底には砂が一杯になっていた。


映像は終わっていた。
窓ガラスには、再び無数の文字の羅列が並び始めている。


私は固い椅子に座りながら、それをぼんやりと眺めていた。


さっきの映像って、私の生前の記憶だったんだ……

しかし、思い返してみても、私の脳裏には何も浮かんではこない。
私の記憶は、どうやら抜き取られてしまっていたらしい。

もしかして、これが天国………?

そんなわけあるか、ばか者

えっ……?

これが天国だと?

文字が全て消えた。

部屋が、役目を終えたかのように真っ暗になる。
そして、椅子に座る私の前にどこからか――――砂時計から、ぼんやりとした光の球体が浮かんできた。

あなたは……神様?

何が神様だ。神とはこの世界を創り出した創造主のこと。我はこの空間を任されているにすぎん

だいたい、天国だの地獄だのという「行き止まり」を勝手に作り出したのも気に食わん。ここは「輪廻」だ

輪廻……?

天国だの地獄だのというのは、人間が死に対する恐れから創り出した妄言にすぎん。死んだ人間は等しくこの輪廻にやってくるのだ

この部屋の役目は、死んだ命の悔恨を清算し、新しい命として新しい人生に旅立てる準備をすること。そのために……

ちょっと待って!

…………なんだ

清算ってどういうこと?それってさっきの映像と関係あるの?

随分と質問の多い娘だな

さっきの映像こそが、清算だ。生前の悔恨を再び、しかし今度は第三者として見てもらう。変にパニックにならないように相応の感情制限を強いることにはなるが

そして、清算に必要なもの。それが「涙」だ

涙?

この砂時計の中に入っているのは、その人物が生前に流した涙と同じ数の砂だ。とはいっても、感動や嬉しい涙などは差し引いてある。含まれているのは、あくまで悲しみや怒りといった「負の涙」だ

それがどうして清算することに繋がるの?

「悔恨」を清算すると言ったはずだ。人が感情が一定以上に高まった時に出すのが涙だからな。勿論、涙が出ない程の絶望も映像では流れる。その場合はまた基準が変わってくるが

そういえば、砂時計の砂が流れる基準が分からなかったけど……

映像の人間が涙を流すと砂も流れる。この空間では時間など何の意味もない

随分と退屈な清算………

それで、その生前の映像を見終わった人はどうなるの?

清算は終了した。今までの記憶をすべて消し、まっさらな命として再び現世に返される

そして新たな生を全うし、死した後にこの部屋に帰ってくる。その繰り返しだ

単純でつまらないね

簡単に言えばな。だが、そのおかげで世界は回ることができる

考えてもみろ。現世で人が死ぬ度に、神がいちいち新しい命を創り出して現世に送り届けるわけがないだろう。現世では1秒で500人は死んでいるといわれているのだぞ

言われてみれば……

さて、話は終わりだ。これより、来世への扉を開ける

……ねえ

まだ何かあるのか

来世に行く前に、もう一度お母さんの記憶を見させてほしいんだけど

……見て、どうするのだ

どうせ何回見ても、来世に行く頃には全部忘れちゃうんでしょ?だったらせめて、もう一度だけ会っておきたいの

「私」の……お母さんに

…………我にとっては、まったく無意味なことに思えるが

いいだろう。最後にもう一度だけ、記憶を流してやろう。ただし、3度目はないぞ

……分かってる

窓ガラスに、無数の文字が並び始める。

砂時計の砂が、ほんの少しだけ上に戻る。
部屋は真っ暗のままだ。


そして、私はもう一度、お母さんに会いに――――

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