間違いない。
「私」の、今の「私」という人格のお母さんだ。
生前は聞くのが嫌だった怒鳴り声も、今はどこか懐かしい。
…………っ
アンタ自分が何やったか分かってるの!!
……………
そうだ……
これが、「私」のお母さんだ……
間違いない。
「私」の、今の「私」という人格のお母さんだ。
生前は聞くのが嫌だった怒鳴り声も、今はどこか懐かしい。
もう……こんな風に育てたつもりなかったのに
……いつ?
えっ?
いつ育ててくれたの?
真っ暗な部屋の中、スクリーンの映像だけが明るい。
もう既に清算が終わっているせいか、砂時計の音はしない。
流れているとしても、それは役目を終えたかのように無気力だ。
「私」は、私がお母さんを責める姿を、客観的に見ている。
私の後ろ姿は、自分を見てもらおうと必死になる子供の背中だった。
……そう、辛かったのね。苦しかったでしょうね
やめて!同情の言葉なんて欲しくない!!
私は……私はただ………
…………お母さんなんて大嫌い!!!!
違う……大嫌いなんて言いたくなかった
「私」は、ただお母さんと一緒にいたかっただけなんだ……
思春期で、自分の想いを素直に表現できないせいで、結局本当の「私」の気持ちを話せずに死んでしまった。
そう思うと、自分が今ここにいることがとても哀しく思えてくる。
あの時、家を飛び出していなければ
あの時、お母さんに怒鳴ったりしなければ
あの時、万引きなんてしなければ
「私」はまだ、生きていられたかもしれないのに……
満足したか?
………ねえ
「私」の人生って、不幸なだけだったのかな……
いじめにあって、お母さんとも喧嘩して、「私」の人生って何だったのかな………
知ったことか。貴様の人生に甲乙つける権利など持ってはいない
忘れてはいないと思うが、ここは輪廻の部屋。今更貴様が生前の悔恨を嘆いたところで、清算は進んでいくのだ
……うん
窓ガラスが大きくなり、床と結合する。
そしてゆっくりスライドし、大きなドアになった。
その先は白く輝いていて、まったく見えない。
さあ、来世への扉が開いたぞ。早く行くがいい
なんでそんなに追い出そうとしてるの?
逆に聞くが、何故貴様はそんなに留まろうとしているのだ?もう母親には会えぬのだぞ
言ったはずだ、3度目はないとな。貴様にはこの先に向かう以外の選択肢は残っていない
行くから、ちょっと待ってよ……そんなに急かさなくても
最期に、言っておきたいことがあるだけだから
……いいだろう。なんだ
ありがとう
……………
転生する前に、最後にもう一度だけでも「私」のお母さんに会えて、本当に良かった
だから、ありがとう
礼など不要だ。貴様が見せろと言ったから見せたまでだ
用は済んだか?では、今度こそだ。その扉を抜け、新しい生へと向かうがいい
……うん
行ってきます
目に飛び込んできたのは、色とりどりという言葉では足りないくらいの沢山の光の群れ。
私が落ちているのか、光が昇っているのかは分からないけど、徐々に私と距離が近くなっていく。
光が、「私」であったはずのものを抜き取っていく。
記憶
感情
思想
個性
それらが全て「私」から消えていく。
何もかも無くなり、空っぽになった「 」の中に、不意に、5個の文字が浮かぶ。
それすらも、一瞬で消えてしまい、結局それが何だったのか、「 」は知らなかった。
お か あ さ ん
やれやれ、ようやく静かになったわ
珍妙な少女だったな。「ありがとう」だの「いってきます」だの。またここに来るときには、記憶は全てないというのに……
………
……そうだ、砂時計を回さねば
そういえば、この砂時計のもう一つの役割を言ってなかったな……まあ、言っても忘れるから無意味なことではあるが
この砂時計は、死後は生前の涙の数だけ下に落ちるが、転生後はひっくり返り、転生後の笑顔の数だけ砂を落とすのだ。返る前とは比べ物にならん量の砂をな
神様とて非情というわけではないさ。生前に多く悲しみ、涙を流した者は少しでも転生後は幸せになれるように計らっている
我々とて、あまり涙が多い映像を見るのは心地よくないしな
娘よ、この部屋の砂の数など、いくらでも増やすことはできる。貴様は新たな生を思うがままに全うすればよい
神様ではないが、ここから見守っていてやろうではないか。幸せになれるようにな――――