はぁ……

溜め息がこぼれるのも無理はない。

今日は、お母さんが長期出張に行って3日目。
今日も、家には私一人だ。


帰ってきて、洗濯物たたんで、宿題して、ご飯作って
本当に単調な日々だ。


単調すぎて嫌になるくらい。

お母さん……いつ帰ってくるのかな

帰ってくるのかな……

昇進してから、お母さんは何日も家を空けるようになった。海外にまで行って、1ヶ月も帰ってこないこともあった

自然と学校からすぐに帰ることも無くなって、近くのモールや公園で一人で時間つぶしてたっけ……

あの頃から、家は私の居場所じゃなくなった

また砂時計の砂がかすかに落ちていく。

なんらかの規則性があるのか、私はまだ知らない。

でも、きっともう終わる

砂時計の砂が少なくなってきている。
ゆっくり、ゆっくりと、映像が終わりに近づいてきていることを悟る。


終わったらどうなるんだろう。
終わったら何が始まるのだろう。
それは、映像が終わるまで分からない。

はあっ……はあっ……

なんとか……バレなかったよね?

中学3年生の頃、私は万引きをした。

本当に、魔がさしただけだった。

どうしても欲しい漫画があったけど、お金が足りなかった。


だから、「後払い」するつもりだった。
ちゃんと、来月のお小遣いをもらったら返しにくる。
お金を払いにくる。


そのつもりだったのに……

ちょっと!

え……………

アンタ何してるの!!

どうして……ここに…………

いいから来なさい!!

どうして?
どうして今日に限って、お母さんがいるの?
どうしてここにいるの?


私の頭の中は、あっという間にパニックになっていく。

……………っ

アンタ自分が何やったか分かってるの!?

………………

人の物を勝手にとっちゃいけないってことくらい、普通に考えたら分かるでしょ!

改めて客観的にみると、これが反抗期だったんだね

お母さんが当たりまえのことで怒ってるの分かったし、私もいけないことだってくらい頭では分かってたんだと思う

でももう、遅すぎたんだ……

もう……こんな風に育てたつもりなかったのに

………いつ?

えっ?

いつ育ててくれたの?

言葉は、ほとんど無意識に転がり出てきた。
自分でもぞっとするほど低い声だった。


それと同時に、今まで心の奥に眠っていたはずの激情が鎌首をもたげる。

母に対する鬱憤が、あふれ出ようとしていた。

お母さん、いつも仕事仕事って、私をちゃんと見てくれなかったじゃない

そんなことないでしょ!私はいつも気にかけて――――

でまかせ言わないで

私の声に押されたのか、お母さんが口をつぐんだ。


私の中では、どうしようもないほどの感情が叫び狂っていた。
まるで、我先にと口から抜け出そうとしているよう……

たまに朝一緒になって、私が色んな事話そうとしても、お母さん聞く耳もたなかったよね?授業参観の話も、三社懇談の話も

それは………

私がいじめを受けてるって話も

いじめ!?でもそんな話――――

言ってないよ。だって、言っても聞いてくれないと思ってたから

小学校の頃からずっと、私は陰口やいじめに耐えてきた。泣きそうになっても、歯を食いしばって耐えてきた

お母さんは気づいてくれた?ううん、少しでも私に向き合おうとしてくれた?私が苦しんでるのを、様子が変だって少しでも思ってくれたことあるの!?

どれだけ堪えてきたのだろう。
どれだけ溜めてきたのだろう。

私が声を荒げるとともに、溢れるように涙が流れ出てくる。

……そう、辛かったのね。苦しかったでしょうね

やめて!同情の言葉なんて欲しくない!!

私は……私はただ…………

…………お母さんなんて大嫌い!!!!

耐えられなくなって、私は家から飛び出した。
涙をいっぱいに溜めて、更に溢れさせながら。

お母さんが私を呼ぶ声も、机に置かれたスーパーの大きな袋も
全部無視して。

うう……

うぐ……ぐすっ…………

走りながらも、涙は止まらない。
必死に袖で拭っても、また溢れ出てくる。

怒りと悲しみと罪悪感と
いろんな色が混ざり合った、重い涙が。

違うのに……

あんなこと……言いたくなかったのに…………

本当は「大嫌い」なんて言いたくなかった。
ただ、一緒にいてほしかった。

私は、子供の頃から何も変わっていなかった。
お母さんとご飯を食べて、買い物に行って、今日の晩御飯を一緒に考える。
ただ、それだけだったのに。

ただ、私を見てほしかっただけなのに……

ごめんなさい……お母さん……

……え?

車の走行音が聞こえたとき、私はようやく我に返った。

走行音が、嫌に近くから聞こえた。


私の足が、反射的に止まる。
そこが交差点のど真ん中だと悟った時には、すべてが遅すぎた。

こうして、私は死んだ。

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