イツキ

みんな、ちょっと集まってくれ!

反乱軍のアジトである洞窟にイツキの声が響き、同時に洞窟内にいた少年少女たちがどやどやと集まってきた。

その顔ぶれは、僕やイツキ、カオルと同年代から、幼稚園児くらいの幼い子供まで様々だけど、みんなに共通しているのは、全員が僕に後期の好奇の視線を向けていることだった。

そんな視線に居心地の悪さを感じて顔を俯ける僕の背中を、イツキが軽く前に押し出した。

イツキ

今日から俺たちの仲間になるミチヒトだ!

イツキ

ほら、自己紹介しろよ


僕にだけ聞こえる声でそう囁かれ、おずおずと口を開く。

ミチヒト

えと……
ミチヒトです……
正直、鬼と戦うとかできるかどうか分からないけれど……
それでもやっぱりここ――賽の河原はあまりにも理不尽だと思うから……
その……
とにかくよろしくお願いします!

頭を下げた僕の耳に、何やらざわめき声が飛び込んできた。
なんだか、「あの人が伝説の……」とか「すげぇ……」とか聞こえるけど、いったい何のことだろう?
そこかしこから聞こえてくるざわめきに僕が首をかしげていると、突然カオルが手を打ち鳴らした。

カオル

彼は私たちのチームに入ることになるわ
それと、ここでの暮らしも分からないことだらけだろうから、みんなフォローしてあげてね!

イツキ

以上、解散だ!
みんな持ち場に戻ってくれ!
ああ、それとサクとサキは残ってくれ!

みんなが、どやどやとざわめきを残しながら去っていく中、二人の男女だけが僕らの前に残った。

イツキ

紹介しよう、俺たちのチームのサクとサキだ……
二人は姉弟で、チームの中ではスナイパーを担当している

カオル

まぁ、スナイパーといっても二人は生前から弓術を学んできてるから、どっちかと言うと弓兵といったほうがいいんだけどね

サキ

あたしは姉のサキ!
こっちの愚弟と同い年だけど双子ってわけじゃないの!
よろしくね!

サク

俺はサク……
姉と一緒に弓兵をやっている……
時々右手が疼くことがあるが、それは気にしないでくれ……

サキ

あっは~……ごめんね~!
弟はこの年になっても中二病が抜けないのよ!
でも腕は確かだから安心してね!

サク

中二いうなし……
俺のこれは生来の気質であって……

サキ

はいはいそうですね~
アンタは魔界でソロモン72柱と契約した伝説の魔物使いですね~

サキ

……つーか、魔物使いって設定なら弓兵とかどう考えてもおかしいでしょ……

弟には聞こえないボリュームで囁かれたその言葉に、僕は頬を引き攣らせるしかなかった。

「ま、とにかくよろしくね」と差し出された彼女の手を握り返していると、弟のサクがふとした感じで訊いてきた。

サク

時にミチヒト……
貴様……武器は何を扱う?

そのセリフにイツキとカオルが同時に「あっ」と声を漏らした。

イツキ

わりぃ、すっかり忘れてたわ……
こっちに来てくれ……

そういって案内されたのは、洞窟の奥にある倉庫のような部屋で、ずらりとたくさんの武器が並べられていた。

その種類と数に圧倒される僕に、イツキが教えてくれる。

イツキ

俺たちの仲間に相当な武器マニアがいてな……
そいつが生前の知識を元にいろいろと作ってくれたんだよ……

ミチヒト

え……
でも鉄とかどうやって……?
まさか鉄鉱石から精錬したとかじゃないだろ?

カオル

鉄は鬼たちの武器を奪って鋳潰してるの……
まぁ、火薬は流石に作れないから銃の類は置いてないけどね……

それにしたって凄い数と種類だ……。
まさかここまで本格的に取り揃えているだなんて……。
確かにこれだけの武器があれば鬼と戦えるのも頷ける。

イツキ

そんじゃあ、気に入ったのを選んでくれ!

イツキに促され、ぐるりと部屋の中を見回す。
弓やボウガン、投石器などの遠距離武器から槍や鞭のような中距離武器、そして刀剣類や戦斧などの近距離武器まで、ざっと数えただけでも数百種類はありそうな数の武器を前に、完全に戸惑う僕の目に、二本一組の剣が映った。

なぜか岩につきたてられたその二本の剣に、不思議な魅力と言うか、ひきつけられる何かを感じた。

ミチヒト

……………………

そっと剣の柄を握り、ゆっくりと岩から引き抜く。
するり、と抵抗なく抜けた二振りの剣は、驚くほど僕の手にしっくりと馴染む。
まるで長年触ってきたかのようだ……。

なんともいえない不思議な感覚のまま、イツキが渡してくれた鞘に剣を納めていると、ふとカオルがなんともいえない顔をしているのに気付いた。

カオル

やはり……それを選んでしまうのね……

小さく聞こえたその言葉の真意を問おうとした矢先に、サクが切り出した。

サク

経験は実戦でつむしかあるまい?

サキ

あら……
中二病の愚弟の癖に珍しくあたしと意見が合うじゃない……

ミチヒト

え……ちょ……?

カオル

そうね……
戦闘の空気も感じ取って欲しいし……
イツキ?

イツキ

まぁ、ぶっつけ本番でもどうにかなるだろ?
ミチヒトだし!

なんだかいきなり戦いに出る方向に話が向かっている!
と言うか、イツキ!
僕だから大丈夫って発言はどういうこと!?

こうして僕は、なし崩し的にいきなり戦場へ出る羽目になった。

結果から言おう……。
僕の初戦闘は散々なものだった。

チームメイトや他のチームたちと一緒に石積をする子供たちを襲う鬼たちの前にやってきたのだけど、鬼たちが放つ空気に当てられ、僕はろくに動くこともできなかった。

当然、鬼たちはろくに戦えず、ろくに動きもしない僕に襲い掛かってきた。
すぐにそれに気付いたサキとサクが、後方から矢を放って鬼を倒してくれたからよかったものの、下手をしたら今頃僕は鬼の金棒でぺしゃんこだったはずだ。

ミチヒト

はぁ……

カオル

ため息なんかついてどうかしたの?

僕が、自分の不甲斐なさに一人ため息をついていると、カオルが声をかけてきた。

ミチヒト

いやぁ……
自分の不甲斐なさにちょっとね……
それに……

昼間の戦闘で鬼と対峙した仲間たちが何人も倒れた。
それだけならまだしも、倒れた仲間たちの体が徐々に透けていき、やがて風に舞うようにどこかへ消えてしまった。
その光景はまるで……。

ミチヒト

あれじゃまるで……死んだみたいじゃないか……

カオル

「みたい」じゃなくて、事実彼らは死んでいるの……
ここも……現世のように「死」という概念はあるのよ?

ミチヒト

えっ……?

カオル

もちろん、すでに死んでしまって肉体を失っているのだから、肉体的な「死」ではないわ……
それでも彼らは死んでいる……

カオル

あるいは戦闘、あるいは積んでいた石ごと鬼に殴られる、あるいは延々とループする地獄に耐え切れずに発狂して自ら……
「死」の原因は様々だけれど……
ここでも確かに人は「死ぬ」の……

カオル

昼間にあなたも見たように……
「死」を迎えたら今の私たちを構成している肉体――つまり魂は光になって分解されるの……
そして、それまで賽の河原で過ごしてきた記憶を全てリセットされ、賽の河原のどこかで目覚める……

カオル

それまで過ごしてきたここでの時間を全て無かったことにされて、また一からここでの地獄を始める……
それは死んだのと同じだとは思わない?

イツキ

ちなみに死んだ魂の記憶がリセットされるのにもちゃんとした理由があるんだぜ?

どこかで話を聞いていたのだろ、イツキがどこからとも無く姿を現して口を挟んできた。

イツキ

人間の記憶がどこに保存されるか知ってるか?

ミチヒト

脳……じゃないの?

正確には脳の中にある記憶野と呼ばれる、記憶を保存するためのスペースだったはずだ。

イツキ

まぁ、生きていたころならそうかもしれない……
けど俺たちは今死んでるんだぜ?
死んだ人間に脳みそがあると思うか?

カオル

つまり私たちの記憶はこの体――魂その者に保存されているの……

カオル

だから死を迎えて分解され、新たに再構成された魂はここで過ごした記憶がリセットされてしまうの……

イツキ

まぁ、魂の奥深くに刻み込まれた生前の記憶と「川原の石を積む」って言う本能だけはリセットされないけどな……
理不尽だろ?

イツキ

だから俺たちは戦うんだ……
そんな理不尽に振り回されて、いつまでも解放されない子供たちをここから解放してやるために……

イツキやカオル、サキ、サク、それに多くの仲間たちが鬼に逆らってまで戦う理由が分かった。
そしてそれと同時に、ある不安が僕の中に沸き起こってくる。
もしかして僕自身も……?

聞きたくない気がする……。
けど聞かずにはいられない。

ミチヒト

ねぇ……
もしかして僕も……
ここで死んで記憶をリセットされた……?

その質問に対する回答は無く、けれど二人の辛そうな顔が、雄弁にその問いが正解であることを物語っていた。

賽の河原の反逆者 中編

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