聞いたらいけないことだったのかもしれない。
だけど、聞かずにはいられなかった。
知らずにはいられなかった。
聞いたらいけないことだったのかもしれない。
だけど、聞かずにはいられなかった。
知らずにはいられなかった。
そして答えを得てしまった。
ある意味において予想通りの答えを。
僕が答えを得てしまったことに気付いたイツキとカオルが「しまった!」と顔を曇らせるのを尻目に、僕はその場を離れてアジトの中を当ても無く彷徨う。
そうして気がつけば、僕はいつの間にか天然のバルコニーのような場所に来ていた。
そこから見えるのは輪廻転生の輪が待っている彼岸と、子供たちを永遠に縛り付ける賽の河原。
そしてその両者を隔てる三途の川。
夜になった今では、川原に石を積み続ける子供たちの姿も、その石を崩しに来る鬼たちの姿も無く、三途の川の水先案内人もいない。
ただ遠く、彼岸の暖かそうな光だけがぼんやりと浮かんで見える。
そんなある種、幻想的な光景をぼんやりと眺めていると、後ろで人の気配がして振り返る。
そこにいたのは果たしてカオルだった。
あ…………
…………………
………………………
……………………
どう声をかけたらいいのか迷うように口をパクパクさせた後、やがて諦めたように口を閉ざしてしまった彼女から、再び彼岸の光へと視線を戻す。
お互いの間になんともいえない沈黙が舞い降りる中、彼女の声が小さく僕の背中に届けられた。
ごめん……なさい……
別に君が謝る必要はないだろ?
だって……
知りたくなかったでしょ?
自分がこんな地獄を何度も何度も繰り返していただなんて……
ずっとここから出ようとしていたのに……
その度に努力が水の泡になっていただなんて……
そんなの……
辛いだけじゃない……!
悲しそうに目を伏せる彼女へ、僕は「違うよ」と首を振って見せる。
むしろ、知れてよかったんだ……
正直いうとさ……
僕……反乱軍とかそんなこと言われてもぴんとこなかったんだ……
ただイツキやカオルが誘ってくれたから何となくここに来ただけ……
でも今は違う……
この川原の真実を知った……
だからむしろ……
今は、この無限に繰り返す地獄から一人でも多くの子供たちを解放したい……
そう思えるんだ……
彼女から彼岸の光へと、視線を戻す。
あっちの光の下では、こっちで味わっている苦しみも……悲しみも……きっと無いんだと思う……
それは多分……凄く幸せなことなんだ……
その幸せを……今この地獄を生き抜いている皆に感じて欲しい……
そして現世で新しく……生きて欲しい……
今は心のそこからそう思うんだ……
強いね……
そうかな……?
自分では自分が強いとかはよく分からない。
むしろここで理不尽と戦っている皆のほうが強いと思う……。
そんなことを考えていると、突然カオルがくるりと後ろ向きになって僕の背中にもたれかかってきた。
一瞬驚いたけど、程よい重さと柔らかな感触が背中越しに心地よくて、僕はそっと目を閉じる。
そうして少しの間、二人の間に静かな時間が流れた。
さっきとは違って、心地いい沈黙を破るように、僕は背中越しに彼女に問いかける。
ねぇ……
前の僕ってどんなだった?
………………
前のあなたは……この組織のリーダーだったの……
いつまでの続くこの地獄から……
一人でも多くの子供たちを解放しよう……
あなたはそういってたわ……
そして私やイツキと一緒に組織を立ち上げて……
そこから鬼への反抗が始まった……
最初はろくな武器も無かったから、遠くから鬼に石をぶつけたりするような、嫌がらせみたいな小さな反抗だった……
もちろん、そんなことで誰かを解放できるわけでもないから……
私たちの心は折れかけた……
こんなことに意味はあるのかなって……
けど、その度にあなたは何度も私たちを励ましてくれた……
いつか、きっと子供たちを解放できる日が来るって……
自ら前に出てたくさん傷つきながらも……私たちを励ましてくれた……
そうするうちに、あなたの声に導かれるように人が徐々に集まり出して……
武器も少しずつ手に入るようになって……
一人……また一人と彼岸に渡らせることができるようになってきた……
すべてはあなたがいてくれたから……
あなたが諦めずに声をかけ続けてくれたから……
だからあなたはこの組織ではリーダーであり、英雄であり、伝説なの……
まさか自分がそこまで大それた人間だとは思っても見なくて驚く僕の背中越しに、彼女の苦笑が伝わってくる。
まぁ、今のあなたはどう見ても英雄とか伝説ってガラじゃないけどね!
うん、その通りなんだけど他人に言われるとそこはかとなくへこむからね!
くすくすとひとしきり笑ってから、彼女は僕から離れる。
さ、明日も戦いが待ってるんだし……
そろそろ寝ましょ♪
語尾を弾ませて立ち去って行く彼女の背中を、僕は苦笑と共に追いかけた。
その後、何度も戦闘を繰り返して武器の扱い方や戦い方も身についてきた僕は、その日も子供たちを解放すべく、鬼と戦いを繰り広げていた。
イツキ!
前に出すぎるな!!
距離を保って攻撃しろ!
サキ!サク!
左右からイツキを援護!
カオルは子供たちを安全な場所へ!!
分かってるよ!!
これでも食らいやがれ!!
外すんじゃ無いわよ、バカ弟!!
誰に向かって言っている!
我はソロモン72柱と契約せし人間だぞ!!
あなたたちはこっちへ!!
ぐぉおおおおおおぉぉおおっ!!
でやぁああっ!!
僕の指示を聞いて突き出されたイツキの槍が鬼の腹を抉り、左右から同時にサキとサクの矢が突き刺さる。
暴れる鬼が振り回す金棒を、僕が二本の剣で受け流し、逆に金棒を握り締める腕を切りつける。
その間におびえていた子供たちをカオルが避難させ、石を積ませ始める。
何度も練習し、実戦を繰り返して出来上がってきたコンビネーションで鬼を抑えている間にも、カオルが避難させた子供たちがどんどんと石を積み上げていき、やがて全員がすべての石を積み終えた。
できた!!
これでいけるんだ!!
ありがと、お姉ちゃんたち!!
笑顔を見せ、迎えに来た船に乗って彼岸へと渡っていく子供たちを見送る。
僕にとって、一番嬉しい瞬間で、自然と心が満たされていく気がする。
だから僕は盛大に油断していた。
まだ僕らの戦いは終わっていなかった。
まだ目の前には鬼がいた。
それをすっかり失念していた僕へ、鬼は怒りをこめた一撃を振り下ろしてきた。
貴様らぁぁあぁあああああっ!!
っ……!?
完全に油断していた僕は、すでに剣を鞘に納めていて、どう考えても防御をする時間が無い。
意識だけが加速され、ゆっくりと鬼の金棒が迫ってくるように感じる。
いやだなぁ……
あれに潰されるのか……
あぶねぇ!!
諦観にも似た思いで、ただその瞬間が来るのを待ち受けていた僕の体をイツキが思いっきり突き飛ばして、僕の代わりに金棒を待ち受ける。
鬼の怪力で振られた金棒が、受け止めようと掲げられたイツキの槍を半ばからへし折る。
威力はまったく殺されず、金棒がイツキの体に触れる。
服を引き裂き、皮膚を突き破り、筋肉を叩き潰して骨を砕く。
ぐちゃり、と水っぽい音が響いて、イツキの体から真っ赤な液体が舞い散る。
……っ!?
イツキっ!!
叫びながら慌てて剣を抜き、鬼の首に突き刺してからすぐさまイツキの元へ駆け寄って抱き起こす。
よう……相棒……
油断……してんじゃ……ねぇぞ……
ごぷっ、と血を吐きながら喋るイツキの傷口に手を当てて、どうにか血を止めようとするけれど、生暖かい血は僕の手の間からどんどんと溢れてきて、川原の石を真っ赤に染め上げていく。
カオルやサキ、サクも駆け寄ってくる。
なぁ、相棒……
痛ぇ……なぁ……
お前も…………この痛さを……味わっ……たんだなぁ……
お前……すげぇよ……
こん……なに……痛い思……いをして……も……
また…………戦ってる……んだか……ら……
喋るな、イツキ!!
今アジトに……!!
できれ……ば……野……郎じゃ……なくて…………
女の……子の……腕の中で…………死にたかったけ……ど……………
相…………棒なら悪く…………ねぇか……
イツキの体が徐々に透け、光の粒へと変わっていく。
賽の河原での死の兆候だ。
それを理解しているのだろう、イツキは最後の力を振り絞るように、言葉を搾り出した。
なぁ……相棒…………
目……が覚め…………たら…………
また……俺を…………
仲……間に……入れ…………てくれ……るか……?
当たり前だろ!!
絶対にお前を見つけ出して、無理矢理にでも仲間に引きずり込んでやるよ!!
そか…………
んじゃ……あ……
頼ん…………だ……
そしてイツキの体は完全に光の粒へと変わり、空へと舞い上がっていく。
その光を見送ったのは、僕らの嗚咽と涙だった。
それから数日後……。
川原を探索していた僕とカオルは、ごつごつとした石の上に倒れている一人の少年を発見した。
その少年は、僕らが見守る中でゆっくりと目を覚まし、状況が飲み込めないとばかりに辺りを見回す。
ここ……は……?
目が覚めたみたいね……
やぁ……
ここは「賽の河原」……
親より先に死んだ子供たちが行き着く場所……
そして僕らは、この永遠にループする地獄への反逆者……
僕の名はミチヒト……
君を反乱軍へ歓迎しよう……
突然の説明にきょとんとするすべての記憶を失ったイツキを伴って、僕らはアジトへと戻っていった。
親より先に死んではいけない……
魂が永遠の地獄へ囚われてしまうから……
もし「賽の河原」に行き着いてしまったら……
反乱軍を頼りなさい……
彼らがきっと……
あなたを彼岸へと導いてくれる……
短編ながら流れがよくてとても読みやすく良い作品です!