一つ積んでは父のため……
一つ積んでは父のため……
二つ積んでは母のため……
三つ積んでは故郷の
兄弟我が身と回向して……
…………
はっ……!?
目が覚めると、そこは知らない場所だった。
体の下――地面はごつごつとしたちょっとした岩や小石が大量に敷き詰められているし、顔を横に向ければどす黒い色をした川が流れている。
川の対岸は遠く、薄ぼんやりと向こう岸が見えるかどうかという状態でよく見えない。
逆に今自分がいるこっち側には、小さな船着場があって、そこに並べられた大量の小船に人が乗っては、時々向こう岸へと運ばれていく。
……なんだろう……。
あの船を見ていると、なんだか凄く乗りたい……というか、乗らなくちゃいけない気がしてくる……。
焦燥に駆られるまま、僕がゆっくりと体を起こそうとしたときだった。
気がついたようね……
えっ!?
うわっ!?
突然、僕の上から女の子の声が降ってきて、びっくりした僕は慌てて飛び起きた。
勢いそのままに振り返ってみれば、さっきまで僕が寝ていたあたりに、なぜか正座して僕を見ている一人の女の子がいた。
…………そういえば体は石の上にあって痛かったけど……頭はなんだか柔らかいものの上に乗っていたような……?
頭に残った柔らかな感触を思い出しそうになって、慌てて頭を振った僕は、顔が赤くなるのを誤魔化すためにも周囲に目を向けた。
そこに広がっていたのは異様な光景だった
僕や目の前の女の子と同年代と思われる少年少女や、それよりも幼い子供たちが、虚ろな目で……あるいは苦しげな顔をして、何かの歌のようなものを口ずさみながら川原の石を一つ一つゆっくりと積み上げていく。
そして、石がある程度積み重なったところで、どこからとも無く恐ろしい形相をした鬼がやってきて、手にした金棒で子供ごと積み上げた石を薙ぎ倒し、どこかへ去っていく。
一方、なぎ払われた子供たちはと言うと、悲痛に顔をゆがめながらゆっくりと起き上がり、また歌を口ずさみながらゆっくりと石を積み上げ始めた。
石を積んではなぎ払われ、また積み上げては崩される。
延々と繰り返されるその光景は、まるで動画の一部を何度も何度も繰り返しているような、そんなある種の気持ち悪さを僕に感じさせた。
何だ……これ……?
そう……
やっぱり何も覚えてないのね……
いつの間にか僕の横に並び立ったさっきの女の子が、どこか悲しげな顔でこぼしたけど、覚えてないってどういうこと?
湧き上がる疑問に首を傾げる僕の肩を、いきなり誰かが気安く叩いた。
ここは「賽の河原」
親より早く死んだ子供が行き着く終わりの無い地獄さ……
聞いたことくらいはあるだろ?
「親より早く死ぬ」という最大の罪を犯した子供たちが、その罪を祓うための場所さ……
石を十個積み上げれば、その罪は消えてあそこの船で対岸――彼岸に渡れるって言われてる……
ただし、十個積み上げる前に鬼がやってきて、せっかく積み上げた石を崩していく……
子供たちは鬼に文句を言うこともできず、延々と同じことを繰り返す……
いつか彼岸に渡れることを信じて、な?
酷い話だろ?と、少年は鬼を睨みつけていると、僕の隣の女の子が付け加えた。
私たちの罪を消す方法はもう一つだけあるわ……
ほら、見て……
彼女が指を指したその先では、一人の幼い子供が、その子によく似た女性に泣きながら抱きついていた。
そのまま成り行きを見守っていると、やがて子供と女性は、互いに手を取り合って小船に一緒に乗り、川の対岸へと渡っていった。
ああやって親が死んで迎えに来てくれれば、その親と一緒に彼岸へとわたることができるの……
だけどそれはほとんど奇跡と言っていいわ……
何せ、ほとんどの大人たちはこの川原に来ることなく彼岸へ渡り、輪廻の輪に戻っていくのだから……
え……?
でも親だろ?
子供がここにいることは知ってるんじゃ……
大人は自分勝手なのよ!
死んでまで子供の面倒を見ようだなんて思う酔狂な大人はほとんどいないわ!
死んだ自分たちは現世でがんばったのだからって、安らぎを求めてさっさとあっちへ渡るのが普通なの!
怒鳴るように言われて驚く僕へ、今度は少年が笑いながら教えてくれた。
あいつ――カオルの親はあいつの目の前で自分たちだけで彼岸に渡っちまったからな……
あいつにこの話題を振るとこえーからやめたほうがいいぜ?
何よ……
カオルと呼ばれた少女に睨まれた少年は肩を竦めながら「な?」と悪戯っぽく笑った。
おっと……
忘れるとこだった……
俺はイツキってんだ
呼び捨てで呼んでくれていいからな
よろしくな、相棒♪
えっと……
僕はミチヒト……
よろしく……
私はカオルよ……
私も呼び捨てでいいわ……
分かっていたけど……
やっぱり覚えてないのね……
小さく呟いたカオルに首をかしげていると、ミチヒトが手招きしてきた。
そんじゃ、立ち話もなんだし……
こっちへ来いよ♪
語尾を弾ませるミチヒトに先導される形で、僕はカオルに続いて移動した。
ようこそ、俺たちのアジトへ!
歓迎するぜ♪
案内されたそこは広い洞窟で、俺たちと同じような年齢から、もっと小さな子供まで、色んな子供たちがいた。
ここは……?
それにアジトって……?
ここは私たちの隠れ家……
私たちはここを拠点に鬼たちと戦っているの……
戦う……?
そうよ……
あなたもさっきの光景見たでしょ?
ここは「賽の河原」
私たちの身に宿った罪を祓うために延々と石積みを繰り返させられるだけの場所……
あと少しで積み終わる……
そんな希望もろとも石を鬼に砕かれて、また最初からやり直し……
親が迎えに来てくれるまでは決して逃れ得ない地獄……
だけどそんなのって理不尽じゃない!
ここには親に捨てられた子供だって、親に殺された子供だっているのよ!?
それなのに親が迎えにくるだなんてありえないじゃない!
私みたいに、親が子供を見捨ててあっちへ行くことだってある!
そんなの理不尽すぎるわ!
だから俺たちはそんな理不尽と戦うために立ち上がったんだ
一人でも多く石を積み終えて彼岸へ渡っていけるように……
そんな願いを持ったやつが作り上げたのが、この組織ってわけだ……
その反乱軍に……どうして僕を?
聞かなくても何となく分かることだけど、なぜか聞かずにいられなかった。
そんなの決まってるだろ?
お前を反乱軍に勧誘するためさ!
やっぱりそうだった……。
けど僕は……。
確かにその反乱軍を作った人の考えは凄いと思うし、共感もできる……
けど僕には戦うことなんてとても……
大丈夫だって!
お前ならやればできるさ!
ま、とにかくよろしく頼むぜ!
相棒!
こうして僕は、「賽の河原」で鬼と戦う反乱軍に加わった。