はっ……はっ……

 一定のリズムをとりながら、あまり呼吸を乱さないようにする。
 テレビで見た、好きな選手のフォーム。まだうまくはできないけれど、ちょっとは馴染んできたかも。

……!

 息を整えながら、足を止める。
 息が、つらい。
 けれど目標の人は、雑誌で読んだらもっとすごい練習をしていた。

 わたしより、ずっとずっと早いのに。
 同じように早い人達に囲まれていて、いつもコンマ一秒を争って、それでも諦めなくて。
 そんな、想像も出来ないような体験をしているだろう人達。
 少しでも近づけるように、わたしも、がんばりたい。

……ふぅ……

 息も落ち着いてきて、気持ちいい身体のだるさがやってくる。

……

 がちゃり、となにかを重ねたり、取り外したりするような音。
 そっちの方へ、眼を向ける。

(片づけ、かな)

 見れば、スターティングブロックやハードルを片づける姿。

 先輩達や後輩達は、もうグラウンドから離れ、部室の近く。

 それだけじゃない。
 みんな、汗も引いて、呼吸ももう元通り。
 先生も首を回しながら、のんびりした顔で時計を見ている。
 そこからわかるのは、もう、今日は終わりだという空気。

(まだ、走れるのに。
走った方が、いいのに)

 ぎゅっと手と唇だけに力を入れて、想う。
 紅くなっているけれど、まだ陽はあるのに。

……っ

 言いたいけれど……言えなかった。頭のなかに、ある言葉が浮かんでしまうから。
 呼吸はもう、元通り。独りで走る、というわけにもいかない。
 でも、みんなの中に入っていく気にもなれず、わたしは立ちつくしていた。

あ、あの……

 すると、右の方向から声がかかる。

先輩、あの……今日は、もう終わりです

 ぎこちなく、後輩に終了の連絡をかけられる。

……うん。ありがとう

 うなずいて、わたしもみんなの元へ一緒に行く。
 今日の反省と明日の予定を確認して、解散。
 部員はみんな、ぱっといなくなった。

 わたしも、運動場を後にする。

 まだがんばる部活の声が聞こえて、うらやましくもなる。

 とりあえず制服に着替え、帰宅する準備。

 下駄箱で靴をはきかえ、学校を出て少ししてから……また、想い出す。
 胸のなかに、どんよりとした、曇り空のような気分。

(……もう、何日か、たつのに)

 忘れられない言葉が、頭のなかで再生される。
 鮮明に、今さっき言われたような、響きを持って。

――テレビや雑誌に影響されて、あなたが本当だって言って考えていること……それが、正しいと想ってるの?

……っ!

 足が止まって、眼をつむる。ぎゅっと、両手も握って、感情を抑える。

……わたしは、間違ってない

 そうして、言えなかった言葉を、言っては駄目なんだろうなという言葉を、独り言で呟く。
 頭のなかの声は、それで少し治まったけれど。
 わたしが、まだ、あの日の気持ちに整理をつけられないでいるのは、間違いなかった。

視界の広がるあの場所で・01

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