第六駅 車掌の掌
はっ!
悲鳴……。
悲鳴が聞こえた運転席の方に
生け贄らの視線が集まる。
しかし、そこには既に何もなかった。
何なの?一体……。
………。
押し黙る生け贄ら。
列車の走行音だけが車内に木霊する。
その静寂を賑やかすかのように
突如アナウンスが始まった。
\ピンポンパンポーン/
ニュース速報です
ただいま不正がありました。
不正者は生け贄として
厳重に処分されました。
太崎を通過前でしたので
任意の駅へ捧げられました。
以上、ニュース速報でした。
誰かが生け贄になったって事か?
……ふざけてるわ……!
人の命を何だと思っているのかしら!
なんとかして、早くこの電車から脱出しないと……
……でも……。
ルールの穴を見つけるのは難しそうね……。
……。
……。
柚葉の漏らした言葉に
生け贄らは表情を曇らせる他になかった。
………。
そんな生け贄らの落胆にお構いなく
無情なアナウンスは
続けて駅の通過を告げる。
太崎駅を
通過します。
次は器川
《うつがわ》〜
器川〜。
紙面情報が変わります。
!!
今……なんて?
『出口が変わる』じゃなかったよな?
紙面情報が変わるって言ってたわ……。
パチッ
キョロキョロ
……?
アナウンスを聞いた若い男は
おもむろに車内をうろつき始めた。
そして、舐めまわすように車内を見渡していく。
……何やってんだよ。
……。
おい、聞いてるだろ!
はぁ……。
お前…大丈夫か?
若い男は呆れたように俺に言った。
なに?
さっき2号車から戻って何を見た?
さっき車掌から何を聞いた?
何って……。
器川までに1人生け贄が必要なんだよ!
これだけのスピードなら
器川まであと1分足らず……。
邪魔すんな!
自分の無知で俺を巻き込むな!
くっ……
吐き捨てるようにそう言うと、
若い男はいそいそと俺から離れていった。
『さっき2号車から戻って何を見た?』
『さっき車掌から何を聞いた?』
だと?
なぁ、柚葉……。
なにか分かるか?
うーん……。
うこばっくんは
『生き残るためのヒントはすでに出てる』って言ってたよね。
そう言えばあの男、貴方がドアを塞ごうとした時に『死にたくないなら、広告に答えがある』って言ってなかった?
言ってた……。
!
そういうことか!
若い男の行動と照らしあわせ
ようやく俺は気づいた。
広告だ!
広告に生き残る術《すべ》が
あるんだ!
俺の叫びに呼応し
生け贄らは一様に席を立ち
広告を見渡し始めた。
……しかし……
口の減らない恥知らず。その口を永遠に塞ぎ、皮膚の厚さを測ってみたいものだ。
イタズラでは済まない悪行。その身を持って償え。
今年もすでに折り返し点。
まずは止まるまで座席に座るが吉!
手を離せば身も心も軽くなる。手を繋げば身も心も引き裂かれる。
柔和な顔は偽りの仮面。諸悪の根源はその仮面の下。
秤に乗るは一人分の命。捧げられるは数多の魂。
器川は巨大な振るい。
死のゆりかごは圧縮される。
有益な情報は最後尾!
目に入る広告の文章は
どれもがそれらしく
そして
どれもが掴みどころのない文章ばかり。
どれもこれも
よく分からないもの
ばっかり……
ヒントになりそうな物と言えば……
器川に関したヤツと
最後尾のヤツかしら……。
……でも、今から最後尾に行って
間に合うの?
他に手がかりがないわ……。
やってみるしか無さそうね……。
……
……そうか?
……本当に……そうなのか?
俺は違和感を感じていた。
なぜその違和感を感じたのかはわからない。
駅名を出した広告が
作為的だと感じたからだろうか?
最後尾を指定した広告が
露骨だと思ったからだろうか?
いや、違う。
それは
理由もなく俺の心に強く訴えかける
一つの広告の存在。
今年もすでに折り返し点。
まずは止まるまで座席に座るが吉!
占いなんて、どんな事にも
当てはまる事じゃないか……。
なのに、なぜ……
これほどまでに
この言葉が気になるんだ?
止まるぞ。
ハッ!
今すぐ座席に
座って
何かに捕まれーー!
!!!
!!!
自分の中の何かに
責め立てられるがごとく
俺は大声を上げた。
その次の瞬間。
高速走行からの急ブレーキだ。
うぉ!
キャァ!!
危ない!
チッ!
うわぁー!
たっくん!!
とっさの事に
全ての生け贄が
対応できるはずもなく……。
小さな生け贄は
車両前方へと投げ出され
その身を強く打ち付けた。
\ピンポンパンポーン/
再び、
ニュース速報です
ただいま
線路上にネコを発見しましたので
緊急停止いたしました。
幸い、線路上のネコに
怪我はありませんでした!
我々は無用な
殺生はいたしません!
ご安心下さい!
ちなみに、
ヌエ42の制動距離は
どんな速度でも3mです。
すごいぜ!ヌエ42!
ヌエ42
マカセロ
運転再開はネコ次第の模様です。
発車まで
しばらくお待ちください。
……。
……。
……。
……。
たっくん!
たっくん!!
ハァ……ハァ……
軽量のその体躯ゆえ
衝突の力は大人のそれよりは
小さかった。
……しかし、
突然の最後は免れたものの
その息吹は弱々しく
次第に力を失っていく。
たっくん!!
たっくん!!
線路上の監獄に
母親らしき生け贄の
悲痛な叫びが響き渡る。
降車拒否
つづく