一瞬だった。懐かしい景色に、俺たちは飛ばされる。
畳と本の香り。サンザシと最後に旅した世界だ。
わっ、という声がした方を向くと、そこにはミドリがいた。座って、絵本を片手に、目を大きく見開いている。
一瞬だった。懐かしい景色に、俺たちは飛ばされる。
畳と本の香り。サンザシと最後に旅した世界だ。
わっ、という声がした方を向くと、そこにはミドリがいた。座って、絵本を片手に、目を大きく見開いている。
ミドリ……!
タカシ君に、サンザシちゃん……!
タカシ、か。その名前で呼ばれるのも、久しぶりだ
どうしたの、びっくりした
僕が呼んだ!
いつも、彼の登場は唐突だ。わあっ、とミドリはさらなる驚きの声をあげる。
セイさん! あれきり一度も出てきてくれないから、てっきり見捨てられたのかと思ってました
久しぶり。僕はずっと見てたよ、サンザシちゃんと一緒に。ねー、サンザシちゃん
お仕事の合間にって遊びに来ては、コリウス様を見つめている私に仕事を手伝わせていましたねー!
忙しいの、物語の神様はいつだって!
うーんと、混乱
目の前にいるミドリは、年をとっていないようだ。時系列がよくわからなくて俺も混乱しているけれど、おそらく彼女はーー。
ミドリ。俺たちの物語を、紡いでくれて、本当に本当にありがとう。俺はさっき、自分の物語の最後を迎えたよ
ミドリは、しばらく何を言われているのかわからないといった様子で、じっと考え込んでいた。
やがて、状況が飲み込めたのだろう。ああ、とため息のような声を漏らす。
そう……そっか、私は昨日物語を書き終えて、セイさんに見せたばっかりだったの。
でもーーそっか、タカシ君はもう……魔王の長い長い道のりを、最後まで歩ききったのね
うん、そうだよ
サンザシちゃんが、無事、迎えに来てくれたんだね
はい。
私の時間を、コリウス様……タカシ様が最期の時を迎えるまで、止めてくださったのは、ミドリさんのアイディアなのですよね。
ありがとうございます。私はとても、幸せです
よかったよ、本当に。タカシ君も……?
もちろん。ミドリ、俺は生きていくなかで、たくさんのことを学んで、幸せでいっぱいで……最期の最期に、サンザシに会えるだなんて、思わなかった。これ以上の幸せはないよ
ミドリは、そっか、と微笑んで、涙をこぼした。細い腕が、俺たち二人に手を伸ばす。
セイさん、二人に触れられますか?
はいはい、もちろん
セイさんの肯定を全て聞く前に、ミドリは俺たち二人を抱き締める。
ぎゅっと、強く、強く抱き締められる。
よかった……二人が、幸せなら、それでよかった。本当に……よかったよ
私は、これ以上ない幸せ者です……ありがとう、ミドリさん
ありがとう、ミドリ。うまく言葉にならない……感謝しても、しきれないよ
本当に。あなたは私たちの命の恩人ですよ
そんなこと、ないよ
ミドリは、子どものようになきじゃくっていた。勘弁してほしい、俺も泣きそうになってしまう。
……本当は、ずっと二人がここにいればいいのにって思うけれど
ミドリは涙をぬぐいながら、俺たちをそっと、離す。
でも、それじゃだめなのよね、セイさん
うん。もう、彼らの物語も、肉体も終わった。あとは、魂が行くべきところに行くだけ
……私はそこが、どういう世界か知らないけれど
ミドリは、優しく微笑んだ。
どうか、末永く幸せにね
約束するよ。ミドリも、元気で
ずっと、忘れません
私も!
じゃあ、行こうか!
ばいばーい! とセイさんが笑う。
セイさん! セイさんにもお礼、言いたいんですけど!
光に包まれる中、俺は叫ぶ。
すでにどこかに姿を消してしまったセイさんが、何ー? とのんきな声で叫んでいる。
ミドリの笑顔が、光の中に溶けていく。
しみっぽいお別れは嫌なんだけど
セイさんとはまた、会えそうですけどね
さあ、どうだろ、知らなーい!
セイさん!
何さ、もう!
ありがとうございました……何もかも、全部!
やめて! 寂しいじゃんか!
あたたかい光が、俺たちを包んでいく。
セイさん、私も感謝しています!
サンザシちゃん、ほんとかなー?
本当ですよ、もう!
あははは、ならよかったよ。
ま、また会う日まで!
もういいでしょ、邪魔はしないよ、ばいばい!
セイさんの声が遠ざかって、消えていく。
光の中に、俺たちだけが、漂っている。
さあ、一緒に行きましょう
サンザシが、俺に手を伸ばした。その手を、とる。ぎゅっと、強く、握りしめる。
君と一緒にいけるなんて、夢みたいだ
サンザシは、無邪気に微笑む。
これからも、ずっと、ずっと、一緒です
そうだね、と俺は微笑んだ。
光の中に、俺たちは溶けていく。
あたたかい気持ちで、満ちていく。
End.