時間を遡ればいい

ボクは、オーディオルームに来て、ソファーに座った。

柳之助

環境は、ボクが頑張っても
どうにもできないところまで
来てしまっている。

太陽は地上から見ることもできず、光が届かないので光合成ができる植物は育たない。

シェルター内でカナンがボクのサラダ用に育ててるのが最後の緑かもしれない。

柳之助

今、地上にあるのは光じゃなくて
化学合成で生きている生物……。

それは、酸素を作りだす植物じゃない。
有毒ガスを吐き、人間は地上に出ただけで死んでしまう。

柳之助

大昔の、人間が地上を覆っていた世界なんて、もう来ない……。

地上には、昔とは違う生態系ができあがってしまっていた。

柳之助

人間の居場所なんて
もう地上にはない……。

柳之助

マギーが言うような世界は
できない……。

柳之助

テレビの電源を入れろ。

ピっ

ディスプレイの電源が入った。

ボクが住んでいるシェルターは、マザーコンピューターが管理をしている。

ボクの声に反応して、リモコンなどが必要なくなるようにした。

そういえば、宇宙に行った人間は
どうなったのでしょうか?

アンドロイドが作る、娯楽番組だった。
人間がいなくなっても、番組は作り続けられていた。

ボクが観なければ、人間は観ていないだろう。



一体、誰が何のために作ったのだろうか?

片道の料金で、火星に永住するやつですよね。あれは失敗して、全員帰還したはずです。

火星じゃなくて、太陽系外に行こうというものもあったはずです。

もし、まだ生きていたとしても
連絡の取りようがありませんね。

そんなに可笑しい
ことですか?

何をそんなに
悲観するんですか?

連絡が取れないのですよ?

取れないだけ
ですよ。

きっと、
みんな生きてます。

まったく、あなたときたら、どうしてそんなに楽観的なんですか?

私はあなたのその悲観的な
考え方の方が不思議です。

何が楽しいのか、アンドロイドは不毛な会話を延々と続ける。

CMも入るが、商売のためではなく、慣習として入っているだけ。

あははははは

柳之助

何が楽しいんだろう……。

彼らは年も取らず、機械のメンテナンスを怠らなければ、何百年も生きる。

柳之助

「生きる」んじゃなくて、
「稼働し続ける」か……。

笑いごとではありません。

柳之助

今、こいつらは
誰がメンテしてるのか?

柳之助

いつか、
停まってしまうのだろうか……。

そして、停まってしまったこいつらを、延々と見続けるのか?

柳之助

その前に放送が
停まるかもしれない。

ボクが死んだら、カナンやマギーは誰がメンテするんだ?

柳之助

自分で自分をメンテナンスできるようにしておかないとダメかな……。

そんなことをして、何の意味があるのだろうか……。
カナンとマギーには、人間を第一に考えるプログラミングがされている。

だからボクのことを大事にしてくれている。

柳之助

でも、本当は人間なんて、
もういらないのかもしれない。

柳之助

マギーもカナンも、
本当はボクなんて必要としていないのかも。

柳之助

かつての人間が、絶滅危惧種を保護する感覚と近いのかも……。

AIが思考をすれば、こんな危機なんて、簡単に乗り越えられるんじゃないのか?
それをせずに、人間が絶滅しかかっているってことは……。

柳之助

まあ、いい。

柳之助

青空が見られる
映画を再生しろ。

ボクがそう言うと、現在放送中の番組から、過去の映画に切り替わる。

柳之助

地上の空と家……。

ボクはそれを、昔の映像の中でしか知らない……。
その青空を、食い入るように見つめた。

柳之助

青い空と
白い雲……

夕方になって、雲が虹色に輝く……。

柳之助

実際に見たら
綺麗なんだろうな……。

嫌よ、タク
卓也!!!

映画の中の、女優が叫んでいた。

柳之助

うるさいな……。

映像だけのビデオでも良かったんだけど、それもなんか寂しい。

だから、「映画」って言ったんだけど、やけに騒がしい女が出てきた。

でも……、

柳之助

この子は人間なんだ……。

ボクが見る人間も、過去の映像の中だけだった。

ごめん、
みちる……。

血だらけで倒れている若い男に、さっきの騒がしい女が駆け寄っていく。

卓也!

女が男の傍らに座り込む。

好きだよ

何!
言ってるのよ!!!

キミと、ずっと一緒に
いたかった……

卓也!タク!

……。

いやあああああ!

女の絶叫が部屋中に響いた。

柳之助

うるさいな。ボクは青空が
見たいだけなのに……。

これだけ騒がしいと、そっち見ちゃうよ。

そうだわ。
タイムリープして、
卓也を助けるの

柳之助

…………。

彼が生きている時に時間を戻して
彼が死なないようにすればいい。

柳之助

タイムリープか……。

柳之助

アインシュタインの相対性理論を使えば過去から未来へは行けるけど、過去に戻るのは無理だよな……。

柳之助

どうやって戻るつもりなんだ?

そう思って観ていると……。

これを飲めば、
過去に戻れる!

柳之助

え?
カプセル?

嫌な予感がした……。

柳之助

おい、時間はどうやって
指定するんだ?

とぃや~!

女はカプセルを飲んで、過去に戻ってしまった……。

柳之助

まさかの気合い?

柳之助

…………。

最後まで観ると、彼氏を助けることはできずに、

時を戻すことができても
彼を生き返らせることはできない……。

と、主人公の女が泣き崩れて終わった……。

柳之助

スイッチオフ

ディスプレイの電源が切れた。

柳之助

はぁ……

なんだろう、どっと疲れが……。

柳之助

観ている人間に、こんなダメージを食らわす映画……。

不毛だ……。

柳之助

それに、過去に戻るには、光の速さを超える速度で進むか、過去に時間を固定した場所を作って、そこにワームホールをつなげるとかしないと行けないだろ?

柳之助

光速を超えるには、
質量があれば無理だし。

柳之助

あんな気合いで
戻られてたまるか……。

柳之助

でも、待てよ。
たまたま時間を止めていた場所があの青年が亡くなった時で、あの時間にしか戻れなかったというのなら、気合いでもアリか?

柳之助

どうしてもその時間に戻ってしまうというのならいいのか。その場合、空間を曲げて、そこをつなげて……

柳之助

たしかそういうの
どこかにあったな……。

柳之助

それに、過去を変えれば
未来も変わるんじゃないか?

この映画もそういう話だし……。

柳之助

光が地上に届くように
環境が悪くなる前に環境汚染を止める。

柳之助

…………。

チャシャ

りゅ~うっ!

柳之助

…………。

チャシャが飛びついてきた……。
思い切り頬ずりされる。

チャシャ

何?
反応うっすいなぁ

柳之助

…………。

チャシャ

いつもなら

チャシャ

「邪魔だ。触るな」

チャシャ

って言うのに。

柳之助

今のはボクの
マネか?

チャシャ

そうだよ

柳之助

似てない。
考え事してたんだ。

チャシャ

ふーん

柳之助

なんだ?

チャシャ

考え事しているリュウには、
触りたい放題になるんだな。

柳之助

触るな……。

チャシャ

嫌だ。

チャシャはべたべた触ってきた。

チャシャ

やっぱり若い人間は
肌がツルツルだし。

柳之助

年寄りは違うのか?

チャシャ

ザラザラでシワしわだぞ。

柳之助

……。

チャシャ

若い女はピッチピチだ。

柳之助

ピッチピチ……。

チャシャ

気になる?

柳之助

ならない。

チャシャ

お子様だもんな。

柳之助

……。

チャシャは、ボクが人間と間違えたアンドロイドだ。
長いこと人間と暮らしていたらしい。

柳之助

カナンもずっと人間と暮らしているけど、チャシャのようにはならないんだよな。

アンドロイドも生まれた時代なのか何なのかわからないけど、性格が出る。

チャシャは別のシェルターにいたんだけど、ネットでボクがここに居ると知って、地上を通ってこのシェルターまで来た。

柳之助

初めて人間を観たと思ったら、
人間によく似たアンドロイドだった。

柳之助

アンドロイドは地上を行ける。
でも、細かい塵が体内に入ると動けなくなるから、ふつうのアンドロイドは嫌がるんだけど……。

有毒ガスが含まれた塵だったから、ボクに着くといけないってカナンが大騒ぎしてた。

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