……これから、か

 今度は、俺が黙る番だった。



 彼女がいない中、どうしたいか? 以前の俺は、破滅を選んだ。でも、今は違う。



 今、俺が望む、これからは。

……和平を

 なぜだろう、笑顔がこぼれた。

許されるなら、この魔力、誰かのために使いたい。もう、一人はごめんだ

 サンザシ。

 君ならきっと喜んでくれるだろう。


 そう思うと、涙が出た。こぼれて、こぼれて、止まらなかった。
 俺はそれをぬぐわなかった。ただ、気持ちの整理ができずにいた。
 嬉しいのか、悲しいのか。どうして俺は泣いているのだろう、サンザシ。


 サンザシ。

……和平か

 ロジャーは笑った。

やっと、私の願いが貴方に届いたというわけだ

 ロジャーが立ち上がる。待っていたように、アイリーも立ち上がる。

名は何という、魔王

……コリウス

そうかコリウス。まずは時の神を殺しかけた罪を、国民に謝罪しなければならない

どうやって?

何、怒りだった国民は、時の神が制止してもなお、詰めかけている

……迷惑をかけて、すまない

今さら何を!

 豪快に、ロジャーは笑う。

これから、返していけばいい

 ……かっこいい。ロジャーはやはりどこにいてもロジャーだ、なんて思いながら、俺はロジャーにうなずいてみせる。
 ロジャーは満足そうに微笑んで、ついてこいとマントを翻す。

 

 開け放った扉の向こうには、人の波が広がっていた。バルコニーに王が足を踏み入れたそのとき、足元から割れるような怒号が聞こえた。






 魔王を出せ!
 魔王に断罪を! 
 罰を!

……出ていいのか

いや、待て

 ロジャーは一人で歩んでいく。一歩一歩、民に近づくたびに、その声は大きくなっていく。

王は、何度も言っておりました。貴方の目は、ずっと、優しかったと

 アイリーが、俺の後ろから、静かにそう言った。

ですから、貴方を信じるそうです。私は、王を信じています。王が信じるのなら、私も信じます

 薔薇色の頬を緩ませ、アイリーは小さくうなずいた。

国民も、いずれは貴方を信じるでしょう

……時間が、かかるかもしれない

のぞむところです

 アイリーがくすりと笑った、そのとき。
 ロジャーが叫んだ。

民よ!

 その一言で、渦のようにうごめいていた怒号が、ピタリと止んだ。

私の話に耳を傾けてくれ

 よく通る声を、人々の静寂が受け入れる。
 ロジャーは、声高らかに、言う。

怒りはわかる。

時の神がいなくなったら、平穏が崩れるからだ、未来が不安になるからだ、そしてなにより、自分と愛する人が傷つくおそれがあるからだ。

そうだろう

 さわさわ、という音は風の音だった。国民は、ひっそりと息をしながら、ただ、王の言葉に耳を傾けている。

私だってそうだ。

自分も、愛する妻も、そして愛する国民も、この国も! 

ずっと、ずっと平穏でいることを願っている。そのために、魔王と交渉してきたのだ。

それでも、魔王は交渉に耳を傾けなかった、それどころか、時の神を殺そうとした

 俺の横にいたアイリーが、心配そうに俺を盗み見たのがわかった。

 俺は、アイリーに目配せをする。

大丈夫、俺もロジャーを信じている

 ロジャーは、叫ぶ。

9 記憶があるまま 君との再会(8)

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