ドアについている鈴が、私の心に反してカランコロンと快活な音を奏でた。
いらっしゃいませ。あ、ミユちゃん……
ドアについている鈴が、私の心に反してカランコロンと快活な音を奏でた。
こんにちは、おじさん
ここは、駅前の小さなカフェで、私とタツキが社会人になって休日デートをするときに、待ち合わせ場所としてよく使っていた場所でもあった。
アンティーク調の机や椅子に囲まれたシックなカフェで、小さいながらも毎日お客さんがたくさん足を運んでいた。
オーナーのおじさんは高校時代の親友、麻美(マミ)のお父さんだ。
どうぞ、座ってください。ホットチョコレートでいいかな?
はい。ありがとうございます
まるで私を待っていたかのように丁度空いている、窓際の二人席。待ち合わせをするときは決まってタツキが私のことをここで待っていた。
ミユ!?
話している声が聞こえたのか、奥の厨房からそう言って顔を覗かせたのは、マミだった。
……大丈夫、そうには見えないね
マミは私の近くまできて、泣きそうな顔で私に話しかける。
ちゃんと、食べてるの?
マミには、タツキが事故に遭った日にメッセージを送った。何度も電話が来たけれどどうしても出ることが出来なくて、今日になってしまったので、たくさん心配をかけているのだろうと思った。
心配かけてごめんね、マミ。食べてるよ。大丈夫
本当は、ここ数日まったくと言っていいほど食欲が起きなかった。タツキと一緒に暮らしていた部屋で、タツキと一緒に料理をしたキッチンで、タツキと一緒にご飯を食べていたテーブルで、ひとりぼっちで何かをする気なんて到底起きっこなかった。
タツキはきっと、私の体の一部だったんだ。知らないうちに、私とタツキは溶け合って一つになっていたんだ。だから今の私の心は、半分どこかへ行ってしまっているんだ。
きっとタツキが私の楽しいや嬉しいの部分を作るパーツだったから、今の私にはマイナスの感情しか残っていないんだ。
ミユ……無理しないでよ。お願いだから
大丈夫
そう言って私が口角を少しだけ上げると、マミは唇をぎゅっと噛みしめていた。
ミユちゃん、どうぞ
ありがとうございます
机に置かれたピンクのマグカップに入ったホットチョコレートから、かすかにチョコレートの香りがする。
夏場はアイスティーを、冬場はホットチョコレートをここで待ち合わせをするたびに、これを頼んでいた。
あとこれ、サービスね。ミユちゃん好きだろう?
そう言っておじさんが机の上に置いてくれたのは、苺がちょこんと乗ったショートケーキ。
あ、ありがとうございます
私の好きな、パティシエを目指して修行中のマミのお手製ショートケーキ。
クリームがあんまり甘くないんだけど、スポンジの甘さと絶妙にバランスが取れていて絶品だ。
……あまり食欲はないけれど、これなら食べれるかもしれない。
ゆっくりしていってね
おじさんも、きっとタツキと私のことを知っているんだろう。いつもよりも、微笑み方が数倍優しく、気を遣ってくれているのが分かった。
きっとこのショートケーキも、そうだ。
ちょっとケーキ作りかけだから、それ片付けてから来るね。待ってて!
マミはそう言うと一度厨房へ戻って行った。
ぼうっと誰もいない向かいの席を見つめながら、一口ホットチョコレートを飲む。温かさがじんわりと胸に染み込んで広がった。
なんで、私が一番そばにいてほしい人がいないんだろう。なんで、一番この温かさを分け合いたい人が、いてくれないんだろう。