マスター

はい、アイスコーヒーお待ちどうさまです。
あとリクエストのfifth aveanue band入れておきました。

汗をかいたアイスコーヒーを拭ってみよう♬

シューメイカー

どうも。いやあ今日も暑いっすねえ

マスター

さようでございますな。あと少ししたらゲリラ豪雨との事なのでお気を付け下され。

ナルサワ

ワォ、言ってるそばから!
さすがゲリラ。

シューメイカー

げ、マジっすか。
参ったなあ、濡れると面倒なんだよなあ。

マスター

下世話な事を聞くようですが、それは女性へのプレゼントですかな?

シューメイカー

いえ、商品の納品なんですよ。
オレそこの裏通りで完全オーダーメイドの皮靴職人やってんですよ。
クライアントがたまたま工房の近所なんで直接手渡しに行こうかと思ってて。
約束の時間までちょっとあるから喫茶店でもって思ったらこれです。

マスター

靴職人ですか。
それは粋なお仕事ですな。
確かに浅草は靴のメッカにして激戦区。
さぞお力をお持ちの事でございましょう。

シューメイカー

いやあ、手間ばっかかかって全然儲からないっすよ。
まして今回の依頼はちょっと特殊で本当に手を焼きました。

マスター

実に興味深い。
差し支えなければ雨宿りがてらお聞かせ願えますかな?

シューメイカー

いいっすよ。
そういやあの日もこんな夕立だったなあ。






真夏のシューメイカー




THE PINBALLS「真夏のシューメイカー」

シューメイカー

やべえ、ここのなめし(※1)が上手くいかねえ。
納期に合うかなあ。

ゴリラじじい

・・・

シューメイカー

あの、何か?

ゴリラじじい

熱いのに大変だねえお兄さん。粋だね

シューメイカー

はあ、どうも

ゴリラじじい

倒れないように気ぃつけてな




店先からまるで俺の事、動物園のサルでも覗き込むかのように見てたゴリラ顔のおっさんだった。

そのまま通り過ぎると思ったらUターンしてきて


ゴリラじじい

お兄さん。
靴作って欲しいだけど無理かな?

シューメイカー

はあ、とりあえず入って下さい。
ウチん中、すごく暑いですけど

工房にそのゴリラじじいを招き入れた。

出したお茶をぐいと飲んで一息つくじじいにオレはどんな靴をオーダーしたいのか尋ねてみた。

ゴリラじじい

タップシューズを作って欲しいんだ。
それも真っ赤なヤツだよ。
女の口紅みたいにさ。

もうこの仕事はじめて20年は経つけど、
初めて言われたよそんな注文。

シューメイカー

ごめんよ、ウチはそういう店じゃないんだ。
革靴専門だし、言っちゃあ悪いけどじいさんの年金だけじゃ賄えないくらい結構大変な値段だよ?

ゴリラじじい

いいから言いなよ。
オイラも江戸っ子だ。二言はねえよ。
いくらだい?

シューメイカー

聞いて驚くなよ。

ゴリラじじい

…や、やるなあ兄ちゃん。
わけえのに中々な仕事してるんだな



きっとABCマートの一番高い奴を買うくらいの感覚だったんだと思う。

まあ、タップシューズじゃないにせよ軽い気持ちでウチに靴の見積り取る冷やかし連中は大体そんなリアクションを取る。

このうす汚い工房で出来るノーブランド品がまさかそんな額になるとはだれも想像できやしないだろうからね。

こう見えてウチは大企業の社長とか芸能人とかがお得意さんには多い。

そういう人たちの細部に渡るこだわりを1~2か月、あるいは半年かけて再現するのがオレの作る靴だ。

とか語っているうちにお年寄りを茶化したバチが当たったのか、
ゲリラ豪雨が降ってきてゴリラじじいを追い出すタイミングを逃しちまった。

シューメイカー

まあ、とりあえず雨が止むまでいなよ


もう一杯コーヒーを出すとじじいは滔々とタップシューズのワケを話しだした。

ゴリラじじい

若い時、浅草芸人だったんだけどね。
この前たまたま病院にいったら偶然見かけちまったんだよ。
初めてオイラのファンになってくれた女の子さ。

シューメイカー

へえ、長く生きてるとそんな事もあるんですねえ。

ゴリラじじい

思わず話しかけたらオイラの事よく覚えてくれててさ。
客が二人しかいない劇場で毎日のようにオイラの芸を見に来てくれたんだよな。
笑う時に小指を立てるのが可愛かったんだよな。
今も忘れねえよ。



いきなり立ち上がって何をするかと思ったらピンと背筋を伸ばしていきなりタップダンスを始めたんだよ。
あのゴリラ顔と軽快なステップのギャップがすごくクセがあって良かったんだよね。

そして一汗かいた後の一言がまた良かった。

ゴリラじじい

地味だけどさ。
一応、こういうのも芸っていうんだよな。

シューメイカー

だから彼女に芸を見せるために新しいタップシューズが欲しいと?

ゴリラじじい

そうだよ。
あの人にあの時みたいに元気になってほしいんだよ。
オイラもこの歳でこんな心動くことがあるなんて思わなかったからさ。

シューメイカー

ロマンティストなんだね。

ゴリラじじい

手を怪我して芸人辞めてからここ10数年。
がらんどうみたいな生活だったよ。
それは自業自得、てめえのせいだから後悔はない。

でも、それでもさ。
時折思う事があるんだよ。






もしあの時、
あの子を選んでいたらオイラの人生変わってたんじゃねえかなって。



ゴリラじじい

あんたなら信じられる。
だって師匠にそっくりの男前だからさ。

最後にもう一花咲かさせてくれ、な?

シューメイカー

それはちょっと意味がわからないんですけど?



結局、靴職人は情にほだされてか、
高気圧で頭がおかしくなってたのか、
ゴリラじいさんのタップシューズを作る事にした。

決め手は俺の靴を履いて踊るじいさんの光景がパッと目に浮かんだからさ。


…ただしローン20回払いでね。



続く

真夏のシューメイカー 序

facebook twitter
pagetop