そういえば、小紅ちゃんってなんのお仕事をしているの?

朝食と出勤の合間の、僅かな空き時間。
金手は小紅にそんなことを聞いた。

私の仕事ですか?裁縫組合の刺繍が主な仕事ですけど。

へぇ、刺繍をね。
でも主なってことは他にもするのよね。

金手の言葉に、小紅は指折り数えるように答える。

そうですねぇ。繕い物もしますし人手が足りなければ縫製もしますし。
まだ少ないですけど指名で衣装の丈直しなんかもやらせてもらってます。

自分の中でかなり自信のある事なのか、小紅はきらりと瞳を輝かせて答える。
そして、ハッと気づいたように金手に取りすがる。

そ、そういえば何でも作れるって凄い針仕事の道具とか作れるんじゃないですか!?
なんとか作ってもらえませんか?

楽しそうにうきうきと問いかける小紅に対して、金手はあまり気乗りしない様子で返した。

まぁ作れないことはないわねー。でもおすすめはしないかしら。

ええー、素敵な針のセットとか欲しいですよぅ。

そんなに欲しい?

すっごく欲しいです!

きらりと輝く笑顔でねだる小紅に、しばしうーんと唸った金手は、気乗りしないながらも話に乗ったようだった。

仕方ないわね。じゃあ私にも綺麗な刺繍のケープを作ってくれるならお針子道具を作ってあげる。

やったぁ!

まぁ、貴女は体験しないと解ってくれなさそうだしね…きっと、ちょっと大変なことになると思うけどくじけないでね。

え?あ、はい…。

大変な事ってどういうことだろう。

それじゃ、はいできましたー。
メインの針は選べる十二種類。
待ち針は留めても跡を残さない、刺しっぱなし忘れもしない特別製。
裁ちばさみと糸ばさみはお手入れ不要。
大事に使ってね。

なにやら道具の基本的な性能以外にも便利な力がある針子道具のようだが、小紅は純粋に喜んだ。

やったぁ!ありがとう金手さん!
絶対素敵なケープを作るね!

こうして新しいお針子道具をもって明るい気分で外出した小紅だったが…夕暮れ前に帰ってきたときにはすっかり疲れ果てていた様子だった。

おかえりなさい小紅ちゃん。どうだった。
お仕事できた?

…う、ううー。それどころじゃありませんでしたよー。

あらあらどうしたのかしら。

こんな上等な道具どうしたんだ!とか。
悪い事したんじゃないか!とか。
もーなんだか私の職場での信頼が揺らぎに揺らいだというか…皆酷いですよ。

それは大変だったわね。
でも小紅ちゃん。
これで私の力を変な風に使うとそういう大変な目に合うのよ。
同じ職場で働いてる仲間なら大体収入も解っていて、そこから外れるような物を使ってれば当然不審に思う。
不審は仲間外れにしようとする気持ちを呼んで、その先にあるのは…まぁろくな結果じゃないわね。

はい。よくわかりました。
明日からまたいつもの道具を持っていくのも怪しいので今回は諦めて食うに困った行商から奮発して手に入れたことにします。

そうね、そんな筋書きでいいんじゃないかしら。

話が一旦まとまったところで、心機一転という感じで小紅が顔を輝かせる。

でもでも!道具の質がいいと仕事が捗るのでケープは楽しみにしててくださいね!
あ、でもその前に夕飯作りませんとね!
明日の朝ご飯はお願いしますけど、ふふふ、これはしばらく徹夜ですね!

なんというか、めげない子ねえ。

少しあきれたようにいった金手の口元は、それでも優しく微笑んでいた。

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