朝、目を覚まして小紅はいつもの通り、一人分の食事を作る。
朝、目を覚まして小紅はいつもの通り、一人分の食事を作る。
んー。なんだか忘れている…よう…。
タンタンと小気味良く、米を炊きながら干し魚を火にかけて、ぬか床の中につけてあった漬物を切りながら。
ここ最近の記憶の中のより数段切れ味のいい手の中の包丁を見て、小紅はハッとする。
あ!金手さんの分!
弾かれたように思い出した小紅だが、調理道具…焼いている干し魚や切り分けている漬物は取り置き分を追加すればいいが、主役の米は炊く量が少ない。
残念ながら、釜は一つしかない。
炊きあがった後追加で炊くのに否やはないが、それでは金手を待たせてしまうし、自分も仕事に間に合わない。
うう、どうしよう…ご飯足りないよ…。
ひとしきり頭を悩ませていた小紅の背後に、すぅっと問題の原因である意図せぬ来客である金手が歩み寄る。
おはよう小紅ちゃん。
なにかお悩み?
あ、金手さん。実はご飯を炊く量を間違えて…普段お客さんなんていないから自分だけのつもりで炊いてしまってるんです。
ああ、そういうこと。大丈夫。
気にしなくていいわ。
昨日の包丁の代価は寝床と夕飯だけだから。
確かに、そういう約束でしたけど…。
例の取引でどこかで朝ごはん食べてくるんですか?
半ばそうするのだろうな、と確信しながら小紅は言った。
あれだけ便利な力があるのだから、当然金手にはその選択肢がある。
じゃあ、取引しましょうか。
朝ごはん、二人で一人分のお米を分ける代わりにお昼は私が作る。
どう?
え、えぇ。お客さんにそんなことをしてもらうわけには。
慌てる小紅に金手はちっちと指を振ってこたえる。
昨日の取引の上でお客さんだったのは今朝目覚めるまでね。
だからこれは私が昼までこの家にいて、お昼を食べるための取引。
どう?納得できた?
うーん。なんだか私に都合がよすぎる取引のような気もしますけど。
なんだか納得しきれないという様子の小紅の手元のまな板から一枚ぬか漬けを摘みながら、にこりと金手は微笑んだ。
貴女の料理は美味しいけれど、それとはまた違った美味しい物を食べられる話でもあるのよ。
貴女も、私もね。
へ?どういうことですか!?
あら、意外と食いしん坊?
のんきにやっぱり育ち盛りだからかしらと思いつつ、金手は話をつづけた。
貴女に食事をふるまう対価に私が力で特別な食事を作る。
そういうことにすれば貴女も美味しい、私も美味しい。
両方得ってわけよ。
あぁー、自分が得をするには誰かに取引を成立させてもらわないといけないんですね。
意外と面倒な力ですよね、それ。
そうなのよ。だから、どう?朝ごはんを分けてお昼は私に任せてくれない?
そういうことなら喜んで。
とっておきの美味しいご飯…話に聞く西方のパンだかナンだかいう食べ物をお願いしますね。
はいはい。任されました。では作るわよー。
仕事のお弁当に…日持ちのするもので…美味しい…パンかナン…。
ここはパンでいきましょう。
ほらっ。
ひらりと手を振ると、台所の一角に白いパンに挟まれた鳥の揚げ物にソースが掛かって刻んだ葉野菜がそえられたものが現れる。
へえ、これがパンなんですね。変わってますねー。
じゃあ、取引成立、ということで。
朝ごはん食べましょう、小紅ちゃん。
はい。お魚だけちょっとまってくださいね。
はーい。楽しみにしてるわ。
こうして朝は二人分には少し足りないご飯を分け合って。
二人はお昼に美味しいサンドイッチを食べました。
金手は小紅といるためにこういう、些細な事を取引としてその生活の中に溶け込んでいくのでした。