落合 美琴

お母さん、おはよう。

お母さん

おはよう、美琴。
朝ご飯とお弁当、できてるわよ。

落合 美琴

うん、いつもありがとね。

 
 
私は笑顔を無理矢理に作って、
感謝の気持ちを伝えた。

もちろん、その気持ちには嘘偽りがない。
いつも私のことを気遣ってくれていて、
すごく嬉しい。



でもその優しさが……私を苦しくさせる。



こんな優しいお母さんに
心配をかけるわけにはいかないもん……。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

落合 美琴

あれ?

 
 
その時、
私のスマホに誰かからのメールが届いた。
こんな朝早くに、誰からだろう?



ディスプレイに目を落としてみると、
送信してきたのは間部翔くんだった。

彼は私の幼馴染で、今はクラスも同じ。
小学校に入る前からの付き合いだ。



――でもメールを送ってくるなんて珍しい。

確かに随分前にメルアドは交換したけど、
その当時に何回かやり取りをしたくらい。
最近は全く音沙汰なかったのにな……。


でもそれも当然といえば当然。
だって今は教室で毎日のように顔を合わせるし、
用件がある時は会って話をするから。

だからメールでやり取りする必要性がないもん。
 
 

落合 美琴

どうしたんだろ?

 
 
何かあったのかな?
もしかしたら緊急の連絡事項でもあるのかも。

私はメールを開き、本文を確認してみる。
 
 

 
 
 
 
 
 

間部 翔

おはよう、ミコ!
今日も一日、がんばろうな!

 
 
 

落合 美琴

…………。

 
 
な、なんなの、今日に限ってっ!?


これが『お誕生日おめでとう!』なら、
まだ話は分かる。
だって今日――5月9日は私の誕生日だから。


でも何の脈絡もなく『がんばろう!』なんて。

今までこんなメール、
一度も送ってきたことなかったのに……。
 
 
 
 
 

落合 美琴

ぐ……。

 
 
すでに私は充分すぎるくらいがんばってる……。


ずっとがんばってきて……
その結果……私はもう限界なんだよ……。

それなのに翔くんは、
まだ私にがんばれって言うの?
 
 

落合 美琴

もう……無理だよ……。

お母さん

美琴、どうしたの?
真顔になっちゃって?

落合 美琴

えっ?

お母さん

美琴?

落合 美琴

あっ! うん!
翔くんからメール。
誕生日おめでとうって。
ビックリしちゃってっ!

落合 美琴

また私は嘘をついた……。

お母さん

あら、良かったわね。
翔くん、最近は遊びに来ないけど
元気にやってる?

落合 美琴

うん……。

お母さん

今日は誕生日のケーキ、
買っておくわね。
もし翔くんを呼ぶのなら、
一回り大きいのにする?

落合 美琴

よ、呼ばないもん!
それにケーキもいらないし!

お母さん

あらあら、照れちゃって。

 
 
お母さんはクスクスと笑っていた。
何か勘違いでもしているみたい。


私と翔くんは単なる幼馴染で
単なるクラスメイト。
それ以上でも以下でもない。



誕生日……か……。

いつも変わらない日常だからこそ、
決心をするにはいいきっかけだ。
 
 

お母さん

今夜はお父さんも
なるべく早く帰れるように
仕事を切り上げるって
言ってたわよ。

落合 美琴

お父さんはもう会社へ行ったの?

お母さん

えぇ、少し前にね。

落合 美琴

そうなんだ……。

 
 
お父さんも気を遣ってくれなくていいのに。

いつもより家を出る時間が早いのは、
きっと定時退社をするために
仕事を少しでも早く処理するためだ。



ゴメンね、お父さん。
私、今夜は一緒に過ごせないと思う。

今のメールで決心が付いたから……。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私は食事を済ませ、
お弁当を持って自宅を出た。

私の通っている中学校は家から徒歩10分。
大した距離じゃないけど、足がすごく重い。



本当は学校へ行きたくない。
でも行かないとお父さんやお母さんに
心配をかける。

私さえ我慢していれば、丸く収まるんだ。
 
 
 
 
 
 
――と、思って今までずっと我慢してきた。



だけど……もう私は……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
重い足をなんとか前へ動かして、
通学路を歩いていった。


家の前の生活道路を少し進むと、
左には神社が見えてくる。
そこを越えた先が都心部へと繋がる幹線道路。

この道は片側三車線で交通量も多く、
昼夜を問わず車やバイクが走っている。
だからここを横断するのは不可能だ。
 
 

  
 
 
でも学校へ行くには
ここを越えなければならない。

かといって近くには信号がないので、
私はここに架かる歩道橋を使って
いつも向こう側へ渡っている。


上り下りは大変だけど、
信号まで往復5分かけて遠回りするよりはマシ。
そう思って利用してきた。


私は階段を上りきり、通路を歩きながら
道路の方を眺めてみる。



――今朝はトラックの数が多いかも。

信号から離れている場所だから、
みんな結構なスピードが出ている。
 
 

落合 美琴

翔くん……。

 
 
私はスマホを取り出し、
さっき受信したメールへ再び目を通す。
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

間部 翔

おはよう、ミコ!
今日も一日、がんばろうな!

 
 
 
 
 
 
 

落合 美琴

う……くっ……。

 
 
勝手に涙が溢れてくる。堪えきれない。


ポタポタと涙がアスファルトの上に落ちて
どんどんシミが広がっていく。





やっぱり私はもう……がんばれないよ……。
充分……がんばったよ……。
 
 

落合 美琴

…………。

 
 
私は翔くんへの返信の文面を打ち込んだ。
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
もう、
がんばるのに疲れちゃった。
 
さよなら。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
私はそのメールを送信すると、
スマホとカバンを床に置いた。

そして歩道橋の手すりを乗り越え、
引き寄せられるように車道へ身を投じた。
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
天地がひっくり返り、体は浮遊感に包まれる。


これでやっと楽になれる。
もう我慢しなくていいんだ。




さようなら、ありがとう……。

次は私、
どんな生き物に生まれ変わるのかな……?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

 
 
 
次回へ続く……。
 

2回目 もう充分がんばったんだよ……

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