乗車率の低い車内。
連結部付近から
品の無い笑い声が大きく響く。
ワハハ……マジ笑うわ。
ホントだぜ。
あの情けねー顔、見たかよ?
フフン。
俺ら3人に敵う奴なんていねぇよ。
……ふぅ。
第二駅 大黒駅
《だいこく》
うおぉぉ!
おい、見ろよ柚葉!
どうしたの?
ポイント切り替えだぜ!
……え、ああ、そうだね。
山脚線があそこで
レール切り替わったら
どこ行っちゃうのかなー?
って、気になんね?
柚葉。
アタシはならないなぁ……。
それより、ほら。
大毅あれ見て!
ん?
私はあっちの方が
断然気になるー!
柚葉が中吊り広告を指差す。
総理大臣犬派なんだってー!
あたし、猫派なのにー!
うっは、くっだらねぇ……
……でも。
ついつい見ちゃうんだよねぇ……。
ドキン
中吊り広告をみてはしゃぐ
柚葉の屈託のない笑顔。
その姿に俺は
これまでにない違和感を覚えた。
いやいやいや。
何ドギマギしてるんだ、俺。
柚葉とはそんな仲じゃないだろ。
俺は自分に言い聞かすように
不意の感情を抑えこむ。
ねぇねぇ、大毅ー
なんだ?
あそこのちっちゃい文字とか見える?
俺の視力をナメんな!
『性豪お茶の間タレントA。次のターゲットは○◯!?』だろ?
そうそう。
あんな感じですっごく小さいのに
気になる文章書けるのって
すっごいよねぇ。
あぁ。
そこで勝負だ!
なぬ?
『どっちが刺さる小さい見出しを探せるか!』ゲーム!
なんだよ、それ。
説明しよう!
このゲームは
ひしめき合う中吊り広告の
狭いスペース内で
いかに優れた宣伝文句を
見つけ出せるかを競う
ゲームである。
……ぷっ!
わ、笑うな!
だってよー、
柚葉が突然そんな事を始めるなんて
思いもよらなくて。
だ、だって……
今日のゼミで教授が
『中吊り広告は広告戦略における
見出し広告の勉強に非常に良い教材だ!』
って言ってたじゃない!
あー……。
まぁ実際見出し広告って
よく考えつくよなって思うわ。
それでフィールドワークとして
思いついたの!
わかったわかった。
怒んなって。
よーし、じゃあやろう!
対象はこの車両の中吊り広告ね。
大っきい見出しはアウトだかんね!
おっけー!
じゃあ、スタート!
柚葉の合図とともに
俺は連結部付近の方へ向かった。
腹減ったな。
大黒でラーメン食ってこうぜ!
いいねぇ。
タケちゃんさっきガッポリ儲けたもんな。
ホント太っ腹なやつだったぜ。
時計もくれるとはな。
くくく。
タケちゃんも人が悪いぜ。
見ろよこれ。
左手にロレックスの時計とオメガ時計を
両方つけてるなんて、タケちゃんマジパネェぜ!
金もたんまり譲ってもらったからな。
オマエラの分も奢ってやる!
やりぃ!
サンキュー!タケちゃん!
これ以上、向こうへ行くと
アイツラと揉めちまうかも知れない。
次の大黒駅で降りるみたいだから
アイツラのところは後回しでいいな。
そう思った俺は
車両の中ほどで立ち止まり
中吊り広告に目を通し始めた。
えー……なになに?
『衝撃!金のトサカを持つ鶏!』
『山脚線ラーメンデータベース!』
『二枚舌!柔和な仮面の下に隠された素顔!』
うーん、イマイチだな。
その隣は……
俺は今しがた観ていた中吊り広告から
隣の中吊り広告に目を移す。
『大黒駅に気をつけろ。』
『最初の犠牲者は先頭車両だ。』
……か。
……え?
『大黒駅に気をつけろ。』
『最初の犠牲者は先頭車両だ。』
な、なんだ、これ……。
次は〜
大黒〜大黒〜。
お出口は左側に変わります。
ハッ!
車内アナウンスに我に返ると、
列車は大黒駅に着こうとしていた。
『大黒駅に気をつけろ。』
『最初の犠牲者は先頭車両だ。』
一抹の不安が俺の脳裏をよぎる。
!!!
柚葉の姿を探して
運転席の方を振り返る俺。
そこには
変わらず中吊り広告を眺める
柚羽の後ろ姿。
ほっ。
その後ろ姿に安堵はしたものの、
拭い切れない不安感に
俺は柚葉の近くに戻った。
まぁ、そんなわけねぇよな。
要は週刊誌を買えって事だよな。
不穏な見出しに悶々としながら
中吊りを見上げる柚葉の後ろに戻る俺。
なぁ……柚葉……。
中吊り広告に夢中なのか。
列車の音に俺の声がかき消されたのか。
柚葉は俺の声に気づかない。
……柚葉?
俺は柚葉の右肩を軽く叩く。
しかし、
柚葉は変わらず背を向けたまま
上方を眺める。
黒い霧の様な
どんよりとした感情が
胸の奥底から滲みだす。
ゾクッ
まるで、柚葉と俺の世界が
切り離されたような感覚は
列車の音も消し去り
静寂すら覚える。
お、おい、柚葉!?
俺はたまらず
大きな声を出して
柚葉の肩を揺さぶった。
ク
ル
ッ
!
ビクッ!
そこにはムスッとした柚葉の顔。
もー!大声出さないでよー!
集中してたのにー!
どこだかわからなく
なっちゃったじゃない!
お、おう、ワリィ……。
あー……。
何1人でビビってんだ俺は。
いいのあった?
え?あ、いや。まだ探し途中。
アタシはもうお気に入りの
見つけたよ―!
くっ……。ま、まけねーぜ。
勝ち誇った様な柚葉の笑顔に
俺は思わずムキになる。
その時、列車は次の駅に停車した。
大黒〜大黒〜。
大黒駅についたな。
これで、アイツラも降りるだろ。
そう思った矢先だった。
アン?
開かねーぞ、このドア。
車両故障か?
タケちゃん、この車両のドア
どれも開いてないよ!
どうなってやがんだ?
先頭車両のドアはどこも開かなかった。
なんで、ドアカットなんだ……?
ドアカット?
あ、ああ。
車両の長さに対して
ホームが短い駅では
ドアが開かない車両があるんだ。
でも、山脚線でドアカットなんて
無いんだけどな……。
車両のドアが開かぬまま
発車音がなる。
やべぇ、出ちまうよ、タケちゃん!
このクソドアがっ!!
……落ち着けよ、オマエラ。
……タケちゃん?
大黒がダメなら
次の喉黒駅で食えばいい。
男はもっとビッグに行こうぜ!
さすがタケちゃん!
そこにシビれる憧れるゥ!
列車はその車体を揺らし始める。
おいおい、何も説明ないまま
出発しちまったぞ。
気づいてないのか?
車両トラブルなのか?
電車は先頭車両のドアが開かぬまま
大黒駅を出発した。
まぁ、ドアトラブルはあったが
犠牲者とかは無かったな。
ったく、迷惑な見出し広告だ。
……でよう、アイツがさ……。
……あれ?
タケちゃん?
ん?
どうした、スグル。
さっきまでタケちゃん
ここに座ってたのに……
ホントだ。
どこ行ったんだ?
あたりを見回す二人の少年。
車内に悲鳴が木霊した。
降車拒否
つづく