ミーン    
  ミンミン……


ミーン    
  ミンミン……



















灼熱の太陽の日差しと、



アスファルトの照り返し。



ビルに染み入る蝉の声。








真夏の昼過ぎの帰り道。






物理と精神が織りなす


熱波が身を焦がす。








大毅

クソ暑っつ!





文句を言ってどうなるわけでもないが、


それでも言わずにいられない。









研究室のゼミは


どうしてこんな日にばかりあるのか?


それは永遠の疑問だ。




柚葉

だらしないなぁ、大毅《だいき》は。






同じ研究室の柚葉は


涼し気なワンピースに


ショールと日傘で


日焼け対策もバッチリだ。






大毅

じー……。

柚葉

どうかした?

大毅

なんで柚葉《ゆずは》は
そんな平気そうなんだよー!

柚葉

えー……。
だって、ゼミの教室は
クーラー効き過ぎだったし。

柚葉

夏なんだし、この位の暑さが
丁度いいんじゃない?




涼し気な柚葉の笑顔に


いくぶん俺の体感気温も下がる









……はずもない。







大毅

いや、ありえねぇって!
早く電車乗ろうぜ!

柚葉

……もう、しょうがないなぁ。








猛暑から逃げるように



俺達は足早に渋山駅へ向かった。





























第一駅 渋山駅
《しぶやま》































































渋山〜渋山〜。
お乗り換えにご注意下さい。

この列車は少々停車いたします。













大毅

ラッキー!
丁度来た来た!

柚葉

え?
そっち反対周りじゃない?












柚葉がいつもと違う方面の路線に


乗ろうとする俺に首を傾げる。








大毅

これ見てみ。









俺は山脚線の路線図を指差した。






柚葉

路線図がどうかしたの?

大毅

6.渋山から
外回りだと11駅で
17.田央《たのおう》に着いちまう。

柚葉

うん。

大毅

だが、内回りだとどうだ?

柚葉

遠回りだね。

大毅

そうだ。

柚葉

うん。




大毅




柚葉




柚葉





柚葉

で?

大毅

……実はおれ……。







俺は真剣な眼差しで柚葉を見つめた。





柚葉

……な、何よ。

大毅

家のクーラー壊れちまって……。




柚葉



柚葉



柚葉

電車でたっぷり涼もうって魂胆か!

大毅

ご明察ー!

柚葉

はぁ……もう……
仕方ないなぁ……。

柚葉

アタシは
西日出里《にしひでり》駅で
先に降りるからね!

大毅

えー……。話し相手いなくなるじゃん。
田央まで一緒に行こうぜー!

柚葉

大毅は、いつも田央で
先に降りてるじゃない!

大毅

コイツぁ一本取られた!








































平日の昼下がり。


車内の乗客はまばらだ。








大毅

はー、涼しー。
生き返るぅー。

柚葉

やっぱりクーラー効きすぎだよー。









柚葉は肩を隠すように



ショールを深く羽織る。






大毅

先頭車両行こうぜ!
先頭!

柚葉

えー……。
いっつも一番前乗ってるんだから、
たまには先頭じゃなくても
いいじゃない。

大毅

今日は逆周りなんだよ!

柚葉

……んもう、
大毅は子供だなぁ……。




































































車両の連結部を次々と抜けて



先頭車両へと向かう。









大毅

よっしゃー!
先頭車両うー!

柚葉

あ〜あ、
あんなにはしゃいじゃって……。

大毅

運転席運転席っと……。








先頭車両につくと



俺は一目散に運転席を目指した。




柚葉

ちょっとー、待ってよ大毅ー!





柚葉が俺の後ろを


小走りで追いかけてきた


その時だった。


……でよう……。

柚葉

キャッ!

ってぇ……。




柚葉は丁度乗ってきた


ガラの悪い乗車客にぶつかってしまった。


!!

大毅

柚葉!

なに人の前横切ってんだ!?
このアマぁ!!

柚葉

ご、ごめんなさい……。

たけちゃんにぶつかっておいて
謝って済むと思うなよ?

お持ち帰りだな……。

柚葉

ひっ……

大毅

やめろ!
手を離せ!

タケシ

何だ、テメェ。

大毅

悪いのは俺だ!

タケシ

おぅおぅ、男前だなぁ、彼氏よぅ……。

大毅

いや、彼氏じゃないけど……。

タケシ

テメェの女は
テメェでちゃんと躾けておけよ!

大毅

なんだと!!

タケシ

お、なんだ?
やるのか?

スグル

ひひひっ

ユウジ

クックックッ。

柚葉

やめて!大毅!
私は気にしてないから!

大毅

柚葉……。

タケシ

ふん、やらねぇのか?
この、腰抜けが。



そう言うと、ガラの悪い乗車客らは



連結部の方へ向かい



座席へと座り込んだ。










大毅

大丈夫か?柚葉。




柚羽のそばによると


柚葉は俺の腕にしがみついてきた。


大毅

ワリィ、柚葉……。
俺のせいで……。

柚葉

怖かったよぅ……大毅……。



柚葉のその手は


小刻みに震えていた。

ふむ。

若いの、よう堪えたのぅ。



立ち尽くす俺達に


座っていた老人が話しかけてきた。

大毅

あ、いえ、すみません。
お騒がせしてしまいまして……。

ほほぅ、丁寧な言葉づかいもできるとは
感心感心。

柚葉

ご迷惑をお掛けしました。
おじいさん。

いやいや……。

お二方はどこまで行くんじゃ?

大毅

僕らは田央までです。

柚葉

私は西日出里だよ!

ほほぅ……。
ずいぶん遠くまで行くんじゃな。
反対周りの方がいいんじゃないか?

大毅

それが、ちょっと色々ありまして……。

色々……?

ハッ!

こっち周りなら……
途中に20.雀山があるッ!
途中下車するのかッ!?

わ、若いのう……。

大毅
柚葉









お待たせいたしました。
間もなく発車いたします。





発車音が鳴りドアが閉まる。











大毅

あ、やべぇ!
運転席!!



我に返った俺は運転席へ急ぐ。

柚葉

あ、大毅、走っちゃダメだよ!




柚葉

すみません、それじゃ失礼します。

よいよい。
青春を謳歌せい。



老人にペコリと軽い会釈をし


柚葉も運転席へと向かう。

























ゆっくりと動き出した車体は


俺と柚葉を乗せて


いつもと反対方向へと走りだした。







































これが帰れぬ旅の始まりだとは、







その時は誰も知る由がなかった。































降車拒否







つづく

第一駅 渋山駅《しぶやま》

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