おはよう

 朝目覚めた私は、パジャマから制服に着替えてリビングへと顔を出した。

おはよう、咲。今日は早いのね

 私よりも一時間以上早起きしたであろうお母さんが、ご飯の用意をしながらそう言ってきた

今日は日直だからね。少し早めに行こうって裕美と約束したんだ

そうなの。いつも大変ね。さあ、朝ご飯を食べて元気に行ってきなさい

 今日の朝ご飯は、栗ご飯に卵焼きとお味噌汁に焼き魚。特に栗ご飯はお母さんの得意料理だ。

 でもこれは作り置き。全て昨日の夜ごはんのメニューだ。多分時間がない朝の時間節約の為に、昨夜のうちに余分に作っていたんだろう。

はーい!

 返事をして早々に、私は鼻をくすぐる美味しそうなご飯に勢いよくがっついた。

 カバンを肩に背負い、鏡の前で髪形を整えていた時、玄関のチャイムが私の耳に届いた。
 おそらく裕美が迎えに来たのだろう。

咲ー! 裕美ちゃんが来たわよー!

はーい!

 やっぱりそうだった。髪を完全に整えることは諦めて青いリボンでくくると、私は足早に玄関に行く。

お待たせ裕美。じゃあお母さん、行ってきます!!

そのまま振り返らずに、私は裕美と学校への道を歩き出した。

咲、今日の髪形も可愛いわね

もー、やめてよ裕美。今日は時間がなくてうまく纏まらなかったんだから

へー、そうなんだ

 こんな取り留めもない会話をしながら、私たちは片道十分くらいの道を歩いていた。

 と。突然裕美がこんなことを言ってきたのだ。

そういえばさ。”仲間外れ”の噂って知ってる?

何それ? またいつもの都市伝説?

 裕美はいつもこう言った、少し不思議で不気味な都市伝説をどこからか集めては、楽し気に私に教えて来るのだ。

違うよ。今日のはいつものとは違ってかなり広まったものだから、本当かもしれないよ

それで? どんなものなの?

あのね、この世界には私たちとは少し違う人がいるの。それが”仲間外れ”。そしてね、その”仲間外れ”を探している人がいるんだって

そんなの探し出してどうするの?

分からない。だけどね、実際に聞かれたって人が言ってたんだって。どこかに連れていかれそうになったって

その話し本当なの? それならその人に聞けば分かるんでしょ?

それがね、その時は誰も信じてくれなかったんだよ。彼女の話しは作り話だって

当たり前じゃない。私も信じないわよそんな話し

それがね。その女の子が、次の日に忽然と姿を消したんだよ。学校に行くために朝家を出てから、行方が分からなくなったんだ

 ぞわっと。その時私の背中に寒気が走った。そうだ。

そ、それじゃ。その話は本当じゃない!?

 悪い予感のような、虫の知らせの様なものが、頭の中にやって来た。

でも、その女の子、次の日には家に帰ってたんだ。それも、さらわれそうになったことも、一日いなくなっていたことも覚えていない状態で

それ、どこの学校? まさかこの近所じゃないでしょうね?

さあ? ただの噂だから分かんない

……やっぱりね

 少し怖がって損をしてしまった。いや、怖がってなんかいないけど。

さ。そんな話はもういいから、さっさと日直の仕事を終わらせましょう

 話しを聞き入ってるうちに学校が見えてきたので、私たちは教室に駆けて行った。

ただいまぁ

 その日の授業を終えて、放課後日直の仕事を終えた私と裕美は、少し寄り道をしたせいで帰りが遅くなってしまった。

おかえり咲。ご飯出来てるわよ

 夕方の七時。いつもご飯を食べる時間だ。
 私はお母さんの言葉に、手を洗ってリビングへ急いだ。

いやー。栗ご飯か。美味しそうだなぁ

 用意されていたのは栗ご飯。それに卵焼きとお味噌汁と焼き魚……これって

昨日と同じ?

頂きます!

 私の疑問をよそに、お母さんとお父さんはもうご飯を食べ始めた。

まあ美味しいし、いっか

 あまり気にも留めず、私はすぐに美味しいご飯に没頭した。

 その日はお風呂に入って、ちょっとベットでダラダラして、夕食時に感じた小さな疑問などすぐに忘れて眠りに落ちた。

 その疑問ががはっきりとした違和感に変わったのは、次の日の朝のことだ。

おはよう

 今日は日直でもないので、いつも通りの時間、つまり昨日より三十分遅く起きて、リビングにいるお母さんに声をかけた。

おはよう、咲。今日は早いのね

ん? 今日はいつもどおりだよ?

そうなの。いつも大変ね。さあ、朝ご飯を食べて元気に行ってきなさい

 今日はお母さんも起きるのが少し遅かったのだろう。そう思った私は、テーブルに置かれた朝ご飯に目をやった。

あれ? 今日も栗ご飯?

 それは、昨日と全く同じ朝ご飯だった。

まあいいや

 その時もさして気にも留めなかった私の耳に、

 そんな音が届いた。

だれだろう……

 呟いた私に、お母さんが言う。

咲ー! 裕美ちゃんが来たわよー!

え?

 今日は早めに行く約束などしていないはずなのに。茫然とする私の目に偶然入った時計の針は、昨日の約束の時間と同じ時刻を示していた。

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