あたしにマイクを突きつけて、あたしの喋ることにいちいち大仰に頷いてくるレポーターの質問に適当に答えながら、あたしはちらりとテレビカメラに目を向けて、映りのいい角度を調整する。
なるほど……
それでは、惚流院佐々木先生の占い術は、長年の研鑽の末に編み出された独自のものだということですね?
ああ、その通りだよ……
まぁ、独自といっても八卦や占星術、タロットに陰陽、いろんなものを取り込んでるからオリジナルとは言えないかもだけどね
あたしにマイクを突きつけて、あたしの喋ることにいちいち大仰に頷いてくるレポーターの質問に適当に答えながら、あたしはちらりとテレビカメラに目を向けて、映りのいい角度を調整する。
ちなみに今はテレビの生放送に出演中だ。
昼の人気番組で、その観客どもに遠隔占いをするという企画だ。
まぁ、実際はテレビスタッフがわが用意したサクラを事前調査をもとに適当に占うだけだけどね。
それでもサクラだとは気付かない馬鹿な芸能人どもや一般人どもはあたしの占い術が優れていると錯覚して、高い金を払ってでもあたしに占ってもらおうとする。
おかげで、路地裏でしがない占い師をしていた昔に比べて、ずいぶんと儲かるようになった。
都心の一等地に豪邸も買ったし、何百、何千万とする宝石だっていくつも持ってるし、食事だって専属のシェフを雇っている。出かけるときは運転手つきのハイヤーを使い、高級な服もブラックカードで買う。
日銭を稼ぐだけでも精一杯だったあの頃に比べたら、夢のような生活だ。
当然、今のこの生活を手放したくはないし、手放すつもりもない。
とはいっても、あたしの真実に気づくような奴はあたしの知る限り誰一人としていないけどね。
いや……一人、その真実に気づく可能性がある奴がいた。
先日、あたしのセミナーに潜りこんでいた名探偵の横島正太郎……。
どうやら、今までにいくつもの難事件を解決してきたらしいあの小僧ならば、あたしのしていることの真実に気づくかもしれない。
だが、きっとそれどころじゃなくなるはずさ。
あの子供にはとっておきの予言をあげておいたからね。今頃はあの予言が現実のものになって慌てているころだろう。
そして実感するはずさ。あたしの予言が絶対であることを……。
あとは次のセミナーのときにでも、あの名探偵を招待して実際に何が起こったのかを語らせた後、もう一度――今度はその予言を終わらせてやれば、あたしの信者になるだろう。
そうすれば、もうあたしのしていることに気づくやつはいなくなる。将来も安泰というものだ。
そんなことを考えて、内心でくつくつと笑いながらレポーターのインタビューに適当に答えていると、部下の一人があたしに耳打ちをしてきた。
先生……
先生にお会いしたいという高校生が数人来ていますが……
高校生?
例の名探偵と、その仲間たちのようです
おや、案外早く来たね……。
ちょうどいい。今テレビ取材も来ていることだし、公衆の面前で取り込んでやろうじゃないか。
部下に連れてくるように命じた後、あたしは満面の笑みを浮かべながら彼らを出迎える準備を始めた。
部下に案内されて、事務所のドアをくぐった僕らを、満面の笑みと共に愡流院佐々木が出迎えた。
おや……
よく来たねぇ……
まるで、近所の気のいいおばあさんみたいな笑顔の愡流院佐々木をいったん無視して、僕は部屋の中にいる別の客に目を向けた。
いろんな重そうな機材を抱える人たちと、マイクを持ったテレビで何度か見たことがある女性。
多分テレビスタッフの取材なのだろうとあたりをつけていると、マイクを持った女性が僕らにマイクを突きつけてきた。
あなたは……
有名な高校生名探偵の横島正太郎さんですよね?
名探偵がどうしてここへ?
もしかして、あなたも愡流院先生に占いをしてもらいにきたんですか?
まさかいきなり取材を受けるとは思ってもなくて困惑する僕の横から、奈緒が不敵な笑みと共に進み出る。
テレビが来てるならちょうどいいわね……
残念だけど私たちは占いをしてもらいにきたわけじゃないわ……
俺たちがここにいる理由……
それはあんたの真実を暴くためっス!
占い師、愡流院佐々木
先生に真実を暴かれる覚悟はできましたか?
さあ、すべてを白日の下に晒しましょう
レポーター(とついでに僕)をそっちのけで、僕を中心に戦隊物のヒーローっぽくポーズをとる三人。
いつも思うけど、その前口上は打ち合わせでもしてるの?
というか、ほら。
レポーターのお姉さんがぽかんとしてるよ!?
えと……
真実って?
どういうことですか?
困り顔でレポーターのお姉さんが僕にマイクを向けてくるけど、僕に向けられても困るんだよね……。
そんなことを考えていると、横から奈緒が白い腕を伸ばしてマイクを奪い取った。
すべての始まりは、私たち探偵部に持ちかけられた一つの依頼から始まったわ……
その依頼は、友人がそこの愡流院佐々木から高額な魔よけグッズや占いグッズを買わされていて、それをさらに他の人間たちにも売るようになったというものだったわ……
最初、俺たちはその友人を説得したら話は終わると思っていたっす……
でも問題はそんな簡単なものじゃなかったんす……
その友人は、愡流院佐々木に心酔……いえ、もはや宗教の教主であるかのように崇めていた……
だから私たちは、根元を何とかしないとその友人は解放されない……そう考えたんです……
そして先日のセミナーで確信したわ……
愡流院佐々木!
アンタの占いは占いじゃない!
アレはコールドリーディングとホットリーディング、そして洞察力を使ったただの詐欺よ!
こーるど……?
ほっと……?
専門用語が飛び出して首を傾げるレポーターを無視して、奈緒たちは揃ってびしっと愡流院佐々木に指を突きつけた。
先日のセミナーで占った男性の件はそれで説明がつくっすよ……
そもそも人間関係に悩みを持つだなんて誰だってあることです……
あの男性はそれを突かれて自ら上司との関係に悩んでいると告白した……
そしてあなたはそれをあたかも予め分かっていたかのように振舞った……
そもそもその人間関係の悩みだって、アンタは何一つ助言してないし、解決してない……
いえ……できなかったんでしょうね……
だからあんたは巧みな話術で話題を変え、その問題から男性の意識を逸らそうと考えた……
そして、アンタは男性の服に犬の毛がついていることに気づき、さらに手には怪我したあとを見つけた……
そこでアンタは洞察力を発揮して、男性が犬を飼っている事、そして犬に噛まれたことを推理する……
それだけじゃなく、あなたは犬がどういうときに飼い主をも噛むか、それを知識を元に推理して、あたかも今占ったかのように振舞った……
ただ、人間関係と違ってこっちにアドバイスしたのは、犬は大抵餌付けさえすれば機嫌がよくなることを知っていたから……
あの……
つまりどういうことですか?
簡単に言えば、愡流院佐々木は占いをしていたわけじゃない!
心理学と洞察力を組み合わせたただの推理よ!
どうだ、とばかりに胸を張る奈緒たちに対して、愡流院佐々木は、けれど静かに笑っていた。
かっかっか……
大した推理力だ……
確かにあたしは占いに推理も使う……
けど、あたしはそれだけじゃない
あたしは占いを通して予言もできるんだ……
それは横島正太郎……あんた自身が身をもって理解したはずだよ?
あんた……昨日、あたしの予言通りの体験をしたね?
突然話を振られ、どきりとしたけど、僕はゆっくりと頷く。
はい……
確かに僕はあなたの予言どおりのことが身に起こりました……
昨日の夕方に、探偵部のみんなと帰宅している途中で、上から鉄骨が降ってきました……
でもそれはアンタが仕組んだことだってことも分かっているわ!
先生に落ちてきた鉄骨を支えていた鋼線に、まるで刃物で切ったかのような、滑らかな断面があったんだもの……
明らかに人為的に落とされたものだったわ……
あれはアンタが先生への予言を実現させるために仕組んだもの!
違いますか!?
これで詰み、とばかりにドヤ顔をする探偵部の三人。
けれど愡流院佐々木の顔は、さっきとまったく変わっていない。
中々見事、と言いたいところだけど、あんたたちの推理はただの憶測だね……
具体的な証拠も無しに人を犯人呼ばわりするもんじゃないよ?
ぐっ、と言葉を詰まらせた三人が、僕へ助けを求めるように目を向けてくる。
そんな期待されても困るけど、僕も愡流院佐々木に言いたことはある。
愡流院さん……
確かに僕はあなたが言ったとおりのことを経験しました……
そうだろうとも、と頷く愡流院佐々木へ、僕はさらに言葉を投げかけた。
けど、あなたはこうも言ったはずです
「この数珠を買えば、予言は回避される」と……
違いますか?
確かにそういったね……
けどアンタは数珠を買わなかった……
だからあんたに予言どおりのことが起こった……
……今、あなたは自分で矛盾を証明しました……
なに、と眉を持ち上げる愡流院佐々木の前に、僕はセミナーの日に買ったものをポケットから取り出し、見せ付ける。
この数珠は、僕がセミナーの日に買ったものです……
まぁ、会場の販売所で買ったものですけど……
ちゃんとレシートもありますし、もしかしたら監視カメラにも映っているかもしれません……
それはともかく……
どうしてあなたの言うとおりに数珠を買ったはずなのに、僕の身に予言どおりのことが起きたんでしょうか?
僕の問いに、愡流院佐々木は口をパクパクさせながら、それでも何も応えることはできなかった。
そのまましばらく沈黙していた愡流院佐々木が、やがて諦めたかのようにがっくりと項垂れる。
……ふっ……参ったよ……
流石は名探偵だね……
どうやらあたしの敗因は、この未来を占えなかったことかね……
先生……?
そうさ……
名探偵の言うとおり……すべてはまやかしさ……
予言も……占いも……全部ね……
小さく息をついた愡流院佐々木がゆっくりと立ち上がる。
どこへ?
レポーターのお姉さんが問うと、愡流院佐々木は静かに微笑みながら振り返った。
あんたのテレビ局さ……
この生放送を見ている人たちから、きっとたくさん電話が来てる頃だろ?
あたしが直接出向いて全て説明するさ……
それにしても、名探偵……
あんたは見事だったよ……
このままいけば、きっとあんたは有名な名探偵になるよ……
最後に占い師っぽいセリフを残して、愡流院佐々木はテレビスタッフとともに事務所から出て行った。
数日後の放課後。
いつものように僕らが部室でだらけていると、今回の事件の依頼人とその友人――佐島さんと四十八願さんが姿を現した。
今回は本当にありがとうございました!
あなたたちのおかげで私も目が覚めたわ……
おかげで大事な友人を失わずに済んだ……
本当にありがとう……
何度もお礼を言いながら、二人仲良く部室を出て行く姿を見て、僕らはお互いに顔を見合わせて笑いあった。