セミナー会場から出た奈緒が、憤慨の余り地面を荒々しく踏み鳴らし、マサヒロがそれに同意しながら強く手を打ち鳴らす。
まったく!
信じられない!!
よりにも寄って先生に死を予言するだなんて……!
あのクソババァっ!!
セミナー会場から出た奈緒が、憤慨の余り地面を荒々しく踏み鳴らし、マサヒロがそれに同意しながら強く手を打ち鳴らす。
ホントっすよ……
先生が死ぬはずないじゃないっすか!
いや、僕だって人間だからいつかは死ぬけど……。
でも先生、気を付けてくださいね?
あの惚流院佐々木の占いは結構当たるって評判ですから……
先生に万が一があっては私たち悲しいです……
鏡花さんが心配そうに眉根を寄せる横で、奈緒とマサヒロが惚流院佐々木を口汚く罵っている。
なんだか衆目を集めそうなカオスな空気へなりつつあることに僕が頬を引き攣らせていると、同じように会場から出てきた四十八願さんが暗く哂いながら僕に忠告する。
せいぜい身の回りに気をつけることね
過去にあんたと同じように、先生から死の予言を受けたけど信じなかった馬鹿な奴がいたけど、そいつは先生の予言通りに死んでしまったわ
ちなみにそいつは電車に轢かれて体がバラバラになるって予言されて、その通りになったらしいわ……
途端、ぞくりと背中に怖気が走る僕をくつくつと笑い、四十八願さんはそのまま去っていく。
あ、待ってよ!
その背中を慌てて追いながら、佐島さんは律儀に僕らに頭を下げていった。
それにしても、惚流院佐々木の予言通り死んだ人がいる……か……。
今更ながらにちょっと怖くなってきた僕は、部員たちを先に行かせると、くるりと踵を返してもう一度セミナー会場の方へと向かった。
翌日。
僕が何かが起こるかもとドキドキしながら通学路を歩いていると、後ろから誰かにポンと肩を叩かれた。
うひゃあっ!?
間抜けな悲鳴をあげながら振り返ると、そこには合縁奇縁で知り合った怪盗ソルシエールこと、大久保ルルさんがいた。
何をそんなに間抜けな声をあげてるんだい?
それにさっきからびくびくと道を歩いて……
これじゃまるで探偵じゃなくて不審者じゃないか……
ライバルが不審者として警察に捕まったなんてことになったら、ボクはいやだなぁ……
くすくすと笑いながらからかう大久保さんに、内心で安堵の息をつきながら僕は昨日のあらましを彼女に話した。
なるほどね……
彼女の噂ならボクも知ってるよ……
何でもかなり悪どい方法で金儲けをしてるって聞いたことがある……
しかしそうか……
キミも中々厄介な奴に目を付けられたものだね……
うん……
それで、一応保険はかけておいたけど、実際にどうなるかは分からないから、こうやってびくびくと通学してたわけだよ……
そういうことならボクも手伝ってあげたいところだけど、ボクはキミと違って推理は素人だからね……
ボクの力が必要になったらいつでも言ってくれたまえ
彼女からキミの望むものを格安で盗んできてあげるよ
満面の笑みで言われても、多分そんな事態にはならないだろう。
というか、お金取るんだ……。
ちゃっかりしてるなぁ、と思っていると、大久保さんが何かに気付いたように顔を上げ、「それじゃ」と手を振って先に行ってしまった。
たたた、と去っていく大久保さんをぽかんと見送る僕。
一体なんだったのだろう、と首をかしげた瞬間だった。
先生!
ご無事ですか!?
何も落ちてきてませんよね!?
あわわわわわ……
なにやら慌てた探偵部員たちに囲まれた。
せっかく通学路から先生をお守りするために、先生の家に迎えに行ったのに……
お母様からすでに家を出たといわれて焦りましたよ……
昨日の愡流院佐々木の予言が現実のものになるとは思えないですけど、もしかしたらって思うといてもたってもいられなくて……
ともかく無事でよかったです……
どうやら彼らは彼らなりに僕を心配してくれていたらしく、その心遣いに感謝する。
ありがと、みんな……
いえ
先生をお守りするのは私たちの役目ですから……
それじゃ行きましょ!
マサヒロは先生の正面で、私と鏡花で左右を固めるわよ!
フォーメーションデルタ!!
イエス・マム!
了解!
……ん?
固める?
一体どういうこと?という疑問を挟むまもなく、奈緒の指示に従ってマサヒロと鏡花さんが素早く動き、僕は部員三人に取り囲まれる。
そのまま、じりじりと移動しながら、三人はあたりを警戒するように周囲を見回している。
ねぇ奈緒……
これは何事?
僕の問いに、奈緒は満面の笑顔をもって応える。
そんなの決まってるじゃないですか!
愡流院の予言から先生を守るためのフォーメーションです!
ホントはあと一人、後ろを固める役目がいれば完璧なんですけどね!
あ、もちろん先生は先生のまま、堂々としていてください
私たちが完璧にお守りしますから!
きらきらと目を輝かせる部員三人。
あ、駄目だこれ。
僕が何を言っても無駄なパターンだ……。
そろそろそれなりに長くなりつつある付き合いなので、こういう時は言っても無駄だと悟り、仕方なく僕は彼らに囲まれたまま移動を始める。
しかしこれ、人の目を集めるし……ハズカシイ……。
そして気がつけば、あっという間に放課後になっていた。
結局、登校中も授業中も特に何かが落ちてくる様子もなく、僕らは若干拍子抜けをしながら帰宅の道を歩いていた。
結局何も起こらなかったっすねぇ……
まぁ、愡流院佐々木も具体的にいつ先生に落ちてくるのかは言ってませんでしたが……
もしかしてこいつの効力?
そんなことを考えながら、昨日講演会場で買ったあるものが入ったポケットを触っていると、横から奈緒の声が飛んできた。
二人とも、油断したら駄目よ!?
先生を無事に家に送り届けるまでが下校なんだから!!
はっとしたように顔を上げ、表情を引き締める二人。
いやいやいやいや!
何もそこまでしなくていいから!
何を言ってるんですか!
先生は人類の至宝なんですよ?
そんな人を守るのは、私たちにとっても最重要任務なんです!
なんだか最近、奈緒たちの僕への信奉具合が凄いことになってきている気がする……。
そんな感想と共にため息をついた瞬間だった。
……っ!?
先生!危ない!!
何かに気付いたマサヒロが、突然僕を突き飛ばした直後。
それまで僕がいた空間を突然何本もの鉄骨が抉った。
金属特有の耳障りな音を立てながら地面に激突した鉄骨は、コンクリートに深々と穴を穿ち、ぱらぱらと土煙を舞い上げる。
危機一髪……
誰も怪我してないわよね?
私は平気です……
俺も無事っす……
僕は鼻を打ったけど大丈夫……
そう、実は僕、マサヒロに突き飛ばされたときにバランスを崩して、近くの電柱に思いっきり鼻をぶつけていたのだ。
けどまぁ、そんなことは鉄骨が直撃することよりはるかにましだろう。
そんなことを考えていると、地面に突き立った鉄骨を調べていた奈緒が声を上げた。
先生!
これを見てください!
彼女の手に握られていたのは、鉄骨を縛っていた鋼線を束にしたロープ。
その先端は、刃物で切ったかのように滑らかなものだった。
老朽化や過重オーバーでの耐久力不足……ってことはないっすね……
明らかに人為的な痕跡……
そして昨日の予言……
決まりね……犯人はあいつしかいないわ……
正直、この鋼線の束の切れ端が引きちぎったような後だったら偶然ですんでいたかもしれないけれど、明らかに人為的なものだし、これが僕を狙ったものだというのも、僕にも分かる。
あまりにもタイミングがよすぎたのだ。
だから僕らは翌日、学校を休んでまで愡流院佐々木の事務所に乗り込んだ。