惚流院佐々木の事件から数日後。
僕は母親と一緒に進路指導室にいた。
といっても、別に疾しいことをしてそれを咎められるとかそう言うのじゃなくて、単純に保護者を交えた進路相談の日だからだけど。
それはともかく、重たい沈黙を破るように担任の先生がゆっくりと口を開いた。

担任

えっと……横島君の成績はちょうど中間くらい、ですね……
このままの成績を維持すれば、普通に大学へ進学できるはずです……
……というのが普通の進路相談なんですけど……


言いにくそうに担任の先生が口ごもりながら、僕へ眼を向ける。

担任

その……彼の場合、非常にレアなケースですが……すでに探偵として活躍されているので……
高校卒業後はそちらに専念するという進路もあってですね……

はぁ……

担任

その……
教師として非常にふがいないとは思うのですが、何分このようなケースは私としても初めてのことなのでどうしたらいいか分からず……

そうなんですね……
いや……まぁ、私もまさか息子がこんな才能を持ってるだなんて思ってもみなかったので……
私もどうしていいかさっぱりなんですよね……

重々しくため息をつきながら、母さんまでもが僕に目を向けてくる。

正直、その視線はいたたまれないのでやめてほしいのだけど……。
内心そう思っていると、突然先生があいまいに微笑みながら訊ねてきた。

担任

横島君自身はどうしたいと思うんだい?
いや……、このまま卒業後は事務所を構えて探偵として本格的に活動するというのなら先生も応援するし……
ただ……大学に行きながら活動するというのも一つの選択肢だと思うけど……

お母さんにもお父さんにも決められないから、あんた自身で決めてちょうだい……

二人して僕に答えを促してくるのが辛い……。
というか、僕自身、まだ僕の将来について決めかねているのだ。

偶然に偶然が重なって事件を解決してしまったことから探偵だと奈緒に勘違いされ、なんだかんだで探偵部に所属して、事件が起こるたびに偶然に、あるいは犯人の自滅で解決してしまう。

そんな状態で探偵になったとして、いずれ事件を解決できなくなったらどうしようという不安もある。
まぁ、今までだって自分の力で事件を解決できていたわけじゃないんだけどね!

それはそれとして、まだ自分が本格的に探偵業をしていくのか、あるいは大学に進学してどっかに就職するのか、その判断を下せない僕は、後日きちんと回答することを条件に、この場での回答を保留してもらった。

それから少しして母さんと別れて部室へとやってきた僕を、奈緒、マサヒロ、鏡花さんの三人が笑顔で出迎えた。

奈緒

先生!
見てください!
新聞の一面にこの間の事件のことが載ってますよ!

マサヒロ

あの時はちょうど惚流院佐々木が生放送の取材中だったすからね
全国放送で流れて、俺たち一気に有名人っすよ!

鏡花

新聞にはどうやって調べたかはわかりませんが、これまで先生が解決してきた事件もいくつか取り上げられていますよ!

三人が新聞を僕へ見せつけながら、嬉しそうに報告してくるけど、僕は心ここにあらずで曖昧に返事を返すだけだった。

そんな僕の様子にいち早く気付いた奈緒が心配そうに眉を潜めた。

奈緒

先生……
もしかして進路のことですか?

何で分かった?とはあえて訊かない。
僕よりもはるかに推理力に秀でた探偵部の皆なら、時期や僕の顔からこのくらいは推理してしまうだろうから。
だから僕は、小さく頷いた。

正太郎

いや……
まだどうしようか決めてなくて……
進路相談ではとりあえず答えを保留してもらったけど……
近いうちに答えを出さないといけないから……

鏡花

進路……かぁ……

部員の中で唯一先輩で、ちょうど受験生の鏡花さんが呟く。

鏡花

私は先生に出会うまで、何となく家を継ぐというか……、医者になるものだと思っていました……
けれど先生に出会って……
和美のストーカー事件を解決してもらってからは……
もしかしたら私の知識が先生の力になるんじゃって思ったんです……
だから私は最終的に進路を医大に定めました……
もちろん、このまま先生と奈緒ちゃん、マサヒロ君と一緒に探偵を続けたいから医者になるつもりはありませんけどね……

マサヒロ

俺は今ある検死の技術をもっと高めて、先生のお役に立つことが夢っス!
だから俺も鏡花さんと同じように医大へ行くつもりっス!
まぁ、そのためには一生懸命勉強しないといけないっスけどね!

奈緒

私だって似たような理由ですよ……
捜査の仕方、法律、そういうものを学ぶために法学部へ行こうと思っています……
もちろん、私も二人と同じように将来は先生のお側で探偵として活動していきたいですけど、そのためには知識が必要ですから……

みんな、それぞれがそれぞれの理由を持ってしっかりと進学先を選んでいるのには感心させられた。

その日の夜。
僕は、自分の部屋でぼんやりと天井を見上げながら考えていた。

偶然から探偵として祭り上げられてしまったけれど、幾つ物事件に出会い、僕を先生と慕ってくれる奈緒たちに出会って、不本意……ともちょっと違うけれど、なんとなく彼らと探偵をやることが楽しいと思い始めていた。
このまま彼らと事務所を構えて、持ち込まれる事件を解決していく日々と言うのも悪くないかもしれない……。
そう思い始めていた。

脳裏に、ぼんやりとだけど数年後にどっかのビルの一室で皆で笑いあっている未来を想像すると、心が躍る。
そういう未来も悪くないかもしれない、そう思える。

ただ、惜しむべきは、僕には探偵としての技量も、知識も、何もかもが彼らに比べて圧倒的に不足していることだ。

もし、このまま彼らと一緒に探偵をやっていくというのであれば、僕もそういう知識を持たないといけない……。
だから僕は、僕のやるべきことをしなきゃいけない。
彼らとの未来を実現させるためにも。

そう覚悟を決め、僕は父さんと母さんに自分の進路をしっかりと話した。

――数年後

マサヒロ

いよいよっスね!先生!

鏡花

今日から本格的に始まりますね!

奈緒

私たちの本当の探偵としての活動が!

感慨深そうに部屋の中をぐるりと見回しながら言う三人に僕も頷く。

あの日……僕が自分の進路を定めた後、僕らはそれぞれの大学へ進学した。
鏡花さんは一年早く医大へ、マサヒロは鏡花さんと同じ医大の法医学部へ、そして僕と奈緒は同じ大学の法学部へ。

授業は忙しくて難しかったし、時々警察から怪盗ソルシエールのことや、殺人事件について相談や依頼を持ち込まれることもあった。

そうして忙しくも中々有意義だった大学を無事に皆が卒業して少ししたこの日。
僕らはいろんな人に手伝ってもらいながら、ようやく自分たちの事務所を構えるに至った。

ここに至るまでにたくさんの人に迷惑をかけたし、たくさんの人に助けてもらった恩を、これからたくさん返していかなくてはいけない。

そう決意を新たにする僕へ、奈緒が声をかけてきた。

奈緒

それじゃ先生!
一言お願いします!

見れば、奈緒だけでなく、マサヒロや鏡花さんも僕へ視線を注いでいる。

正太郎

えっと……
突然言われても困るんだけど……
それじゃ一言だけ……

正太郎

今まで本当にみんなにたくさん助けてもらってきたおかげで、こうして僕はここにいると思う……
本当に皆には感謝してます……

正太郎

不甲斐ない僕だけど……
これからもみんなに助けてもらうと思うけど……
それでも、僕はみんなと一緒に探偵を続けて生きたいです……
だから……
これからもよろしくお願いします!

勢いよく頭を下げる僕へ三人の拍手が降りかかる。

と、そこへ早速事務所の扉が開けられ、依頼人が姿を現した。

あの……
解決してもらいたい事件があるんですけど……

どこかおどおどしながら入ってきたその依頼人へ、僕は三人と顔を見合わせてから、微笑んだ。

正太郎

ようこそ、横島探偵事務所へ
事件の依頼ですね?

こうして僕の……僕らの探偵としての新たな一歩が踏み出された。

ー完ー

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