狐のしっぽと耳を生やしたカレンが去っていった方向を、洸汰がぽかんとした顔で眺めている横で、彼の肩からいつの間にか降りた黒ネコのクロエが器用に尻尾でチョークを掴み、倒れて動けない少年を中心に何かを描いていた。
狐のしっぽと耳を生やしたカレンが去っていった方向を、洸汰がぽかんとした顔で眺めている横で、彼の肩からいつの間にか降りた黒ネコのクロエが器用に尻尾でチョークを掴み、倒れて動けない少年を中心に何かを描いていた。
……これでよし、ニャ……
……?
何してるんだよ?
ようやくクロエが何かをしていることに気づいた洸汰が訊く。
こいつがいつまた復活してカレンに攻撃を仕掛けるかもしれニャいからニャ……
捕縛結界でこいつの身動きを封じるのニャ
実際はそれだけじゃニャいけどニャ、と心の中だけで付け足して、クロエは自らが描いた魔法陣に触れる。そして、
にゃう~~~~~~~~~~~っ!!
高らかに鳴いた途端、魔法陣が光を発して、その中に少年を閉じ込めてしまった。
それを満足そうに眺めてから、黒ネコが振り返った。
さて、こいつはこれで動けニャいニャ
というわけで、さっさとカレンを追うニャ
再び肩によじ登ったクロエに促されて立ち上がった洸汰はカレンが去っていった方向へ走りながら、ふと疑問に感じたことを問う。
そう言えば彼女……マルヴェンスさんは使い魔を憑依させてその力を使うんだよね?
……それがどうかしたニャ?
ああいや……
お前もあの子の使い魔だろ?
だったらお前とも合体できるわけ?
そんニャの当たり前だニャ……
ちなみにニャ~が憑依した場合、猫耳と猫の尻尾が生えるニャ
確かに他の使い魔と合体した時も、カレンの体に翼やシャチの下半身など、その動物の特徴がそのまま表れていたことから、猫と合体すればそういう特徴が現れるだろうことは容易に想像できる。
何となく、猫耳猫尻尾を生やしたカレンが右手を軽く曲げながら「にゃお~~ん」と鳴くシーンを想像して顔を赤くした洸汰へ、クロエが追い打ちをかける。
あとは語尾にかニャらず「にゃ」がつくようにニャって、性格も猫っぽくニャるニャ
それを聞いてますます顔を赤くした洸汰へ、クロエが冷たくツッコんだ。
ニャに想像して赤くニャってるニャ
やっぱりおみゃ~は変態だニャ
んなっ!?
思わず愕然となった洸汰は、肩の上の黒ネコとぎゃあぎゃあと騒ぎながら、結界が張られた夜の街を駆け抜けていった。
一方、カレンはビルの屋上で新たな敵と対峙していた。
まさか見つかるだなんて……
どうして私がいると思ったのか聞かせてくれない?
簡単なこと……
あの飛行魔法の子は飛行魔法でかなりのリソースを裂いている……
そんな子に、あそこまでの大規模な水魔法は使えない……
それも使い魔の遠隔召喚まで……
だからほかに仲間がいると思った……
ここが分かったのは?
普段の街ならいざ知らず、人払いの結界が張られたこの中では、知らない匂いを辿ることは造作もない……
なるほど……
それで鼻が利く狐、と言うわけか……
あっさりと自分を見つけ出したカレンを素直に賞賛しながらも、魔法使いの少女は臨戦態勢を整えていく。
でもあたしも簡単に負けるつもりはない!
そう宣言すると同時に、魔法使いの少女はあらかじめ用意していた魔法を一気に解き放つ。
くらえ!
φυλακή του νερού!!
放たれたのは、先ほどカレンを捕らえた巨大な水の塊。
それがカレンを再び飲み込まんと迫り来る。
今度は変身する隙を与えない!!
一気に仕留める!!
少女の言葉通り、水の塊の中にはすでに巨大なサメが何匹も泳ぎ回っており、ひとたびその中に捉えられてしまえば、変身する間もなくカレンはサメに食われてしまうだろうことを予期させる。
しかしカレンは、それを素早く少女の後ろへ回り込むことで躱す。
その裡に捕らえるべき標的を見失った水の塊は、そのまま別のビルに直撃し、盛大に壁面をぬらして消える。
そんな……!?
アレを避けるというの!?
大規模な魔法を使った反動で咄嗟に動けない少女の背後で、カレンは言う。
今の私は、魔法の匂いすらも嗅ぎ取る……
あなたが何かの大規模魔法を準備していることはすぐに気付いた……
その声を聞いて、少女が振り返るよりも早く、カレンは握り固めた拳を素早く振りぬく。
まるで猛スピードで走るトラックにぶつかったような、凄まじい衝撃に見舞われ、たまらず吹き飛ばされた少女が勢いよく壁に激突する。
かはっ!?
肺の中の空気を全て押し出されて喘ぐ少女の下へ歩み寄ったカレンは、使い魔の力で爪が鋭く伸びた指を真っ直ぐ伸ばす。そして…………。
無表情にその爪を少女へと突き立てた。
ぎゃあぁああああああぁああっ!!
鮮血が色を失った夜の街に舞い、少女の悲鳴が響き渡る。
けれどカレンはそれをまったく気にすることなく、少女の中で何かを握って、ゆっくりと少女の胸から指を引き抜いた。
その手に握られているのは、魔法使いが魔法を使うための要。
魔法使いが魔法使いたる証でもある魔力の塊。
指先からぽたぽたと血が滴るのも構わずに、抜き取った魔力の塊を瓶の中へと納めたカレンは、旨を貫かれて地を流す少女を一瞥することなく、その場を立ち去った。
それから少しして、カレンがビルから出てくると同時に、ようやく追いついた洸汰とクロエが合流する。
マルヴェンスさん……
大丈夫?
何の問題もないわ……
敵は倒したし……
それと、私のことはカレンでいいわ……
事も無げに言うカレンの指先から、真っ赤な血がぽたぽたと垂れていることに気付かない洸汰は、ほっと安堵の息をついて、その場にへたり込む。
よかった……
……
なんか、安心したら一気に力が抜けたよ……
たはは、と笑う洸汰に小さく微笑みかけて、カレンは使い魔に小さく話しかけた。
クロエ……
あっちは?
ちゃんと捕まえてあるニャ……
後は煮るニャり焼くニャり、カレンの自由ニャ
そ、ありがと……
じゃあ私はあっちを処理してくるから、クロエは上の処理と結界の維持をお願い
終わったら連絡するから……
了解ニャ、と頷いてビルへと入っていく黒猫。
そして洸汰たちが来たほうへと歩いていくカレン。
え……?
え……?
状況についていけず、とりあえずカレンについていこうと腰を上げた洸汰へカレンが釘を刺す。
あなたはそこに隠れていて……
敵がいつまたくるかも分からないし……
いや……でも……
やっぱり心配だし……
それに敵が来たときはカレンさんのそばにいたほうが……
それに僕は魔法に関わることに決めたんだ……
やっぱり魔法のことは知りたいと思うし……
僕だって何かの役に立てるかもしれないだろ?
出鼻を挫かれ、それでも動こうとする洸汰に、カレンは小さくため息をついた。
ホントはあなたにはまだ見せたくなかったのだけど……
そこまでいうなら仕方ないわ……
あなたはクロエについていって……
カレンの言葉に頷き、洸汰はクロエを追いかけてビルへと入っていく。
その背中を見送りながら、カレンはこれから彼が見るであろう光景とそのときの心情を思い、僅かに眉を潜める。
そしてそれを振り切るように首を振った後、急いでもう一人の敵――飛行魔法の魔法使いの下へと向かった。