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 何だか、同じ光景、同じ出来事を何度も見ている様な気がする。

 たった一度きりの人生。

 たった一度きりの彼女との邂逅。

 一度きりの筈なのに。

 ああ。

 そんな。

 まさか。

 もしかして。

 最悪の予想が頭をよぎった。

 有り得ないと思っていた。

 でも。
 僕は。

 本当の僕を。

 本当の彼女を。

 本当の過去を。

 思い出してしまった。

 2008年。

 ”僕と”叶会さんは、中学校に入学した。

 自分も彼女も、元々引っ込み思案の性格だったから、友達は全然出来なかった。
 他の生徒の話題に、全くついていけなかったんだ。

 そのうえ叶会さんなんかは、話すときにいちいち詰まる"癖"もあって、鬱陶しがられていた。
 その"癖"は、寄る辺にしていたとも言える"優しさ"を両親に否定されたことによる瑕らしい。

 そういった事情で、しばらくした頃には、殆どクラスから切り離されてしまっていた。

 僕と叶会さんは、互いの傷を舐め合うような形で、仲良くなっていった。

 嘘くさい関係だったけど、そうは思わない振りをして、友達の様な事をしていた。

 いつからだろうか、叶会さんに対して、同情が化けただけの恋心らしきものを持つようにもなった。

 それでもやっぱり周囲からの風当たりは強いものだから、辛かった。
 寂しくて辛い毎日だったけど、それだけならまだ良かった。

 暫くして、僕らに嫌がらせをする者が現れるようになった。

 無視。

 わざとぶつかり、難癖をつけられる。

 教科書や体操服を隠される。

 あとは、弁当を捨てられたり。

 先生に言っても、全然解決してくれなかった。



 辛い。

 ただただ辛い。

 学校に居場所が無ければ、家にも無い。

 どこにもなかった。

 2年生になっても、すぐに同じような扱いを受ける様になった。

 叶会さんは靴に画鋲を入れられたりもして、痛そうだった。

 そして、ある日。

 叶会さんが階段を下りていたところで、不意に突き飛ばされたのだ。

 階段から転倒したことで、全身、特に足を強打してしまった様だった。

 ”その様子を、偶然階段の下のフロアに居た僕は、見かけてしまった”。

 僕は、自身が、叶会さんを突き飛ばした連中の視界に入っていないのをいいことに、隠れていた。

 怖かった。
 


 僕は、どうしようもなく無能だった。

いい加減ウゼェんだけど、コイツ

マジキモいよねー!

あの根暗君も居たらボコったんだけどなぁ~

 ”根暗君”というのが、僕の事を指しているなんてのはすぐ分かった。
 だから、その場に出て叶会さんを助け出すなんて不可能だった。

 動悸が激しくなる。

 怖い。

 叶会さんを数人で取り囲んでいる、そいつらの顔なんか、僕は見ちゃいなかった。
 見られる筈がなかった。

コイツで我慢しね?

だねぇ。そろそろムカついてんだよッ!


 そいつらは、座り込んでいる叶会さんに向かって、殴る蹴るの暴力を振るった。

末那

っ……!

 止めろ。

 止めてくれ。

 心の中で唱えるばかりで、何も出来ない。

 足が動かない。

 口が開かない。

あぁ!? もっと泣いて叫べよおい!

コイツもしかして蹴られて喜んでるんじゃねーか?


 黙れ。
 あの子をそんな風に言うな。

うっわ……それ最悪

っていうか知ってる? そういえばさ

あ?

コイツ、教師に話したんだって! 死ねばいいのに

マジウゼぇ……どうせてめぇの話なんか誰も聞かねぇよ!

 痛かった。

 辛かった。

 今までは、我慢してきた。

 辛くても耐えてきた。

 それでも、この時ばかりはみっともなく涙を溢れさせそうな位に心が痛くて。

 僕はついに、目を背けた。

 見る事すらやめて、その場から逃げた。

 砕けろ。
 砕けろ。
 砕けろ。
 あんな腐った連中は、心を撃ち抜かれて、砕けてしまえばいい。

 叶うわけも無い恨み言を頭の中で呟きつつも、表では泣きながら走り去った。

 僕だって、弱さのあまり、腐って崩れているのに。

 翌日。

 本当は、憔悴し過ぎて学校になんて行きたくなかった。

 でも、親は何も分かってはくれない。
 仕方が無いから来た。



 そこで僕は、彼女に遭遇した。

末那

お、おはよう……

おはよう……

 辛い。

 顔を会わせるのが辛い。

 僕が最低で最悪で最弱の塵である事を意識させられる。

末那

”光野くん”……

ど、どうした?

 やめてくれ。

 お願いだから何も言わないでくれ。

 何を言われても、僕は耐えられる自信が無い。

 だから――。

末那

好きだよ……

ッ……!

 僕は頭を抱えた。

 最悪すぎておかしくなりそうだ。

 どうして、そんな事を言う。

 僕みたいな塵屑に、どうしてそんな事を言う。

 僕だって君の事は好きだ。

 だけど、口が裂けてもそんなことは言えない。

 重すぎる。

 そして、君のその言葉が、何か悪い事の前触れである様な気がした。

 翌日。
 目が覚める。
 時計を見た。7時6分。

 学校から帰ってずっとベッドに潜っていたら、いつの間にか寝てしまったらしい。

 日付を見た。今日は、"2009年6月1日"。
 今日も憂鬱な学校に行かなくてはならない訳だ。

 僕は登校時にも下校時にもこの公園を通る。
 だから何だという訳でも無いけれど。

 ここは不良なんかも居ないし、比較的良い場所なのだ。

 通学路を独り、歩いていく。

 一人で居たいのに、独りで居たくない気分だった。
 誰かに助けて欲しかった。
 全て丸く収めて欲しかった。
 現実にそんなご都合主義は無いって知ってるけれど。

 暫く歩いた後。

 僕は何となく。
 そう、本当に何となく。

 俯いていた顔を、上げた。

 彼女が。

 叶会さんが、ビルの屋上に居た。

 初めて見た、私服姿で。

 最悪だ。
 運が悪いにも程がある。

 いけない。やめてくれ。

 それだけはやめてくれ。

叶会さ――

 言い終わる前に、彼女は身を宙に投げ出した。

 駄目だ。
 駄目だ。
 駄目だ。
 駄目だ。
 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!

 全身から汗が噴き出て、腰から力が抜ける。

 そして、きっと実時間は、ほんの刹那だったのだろう。

あ、あああ……あああああ……


 僕の目の前で。
 彼女は、”それ”になった。

 私服は真っ赤に染まっていた。

あああ、あああぁ……


 僕は、目が離せなくなった。

嫌だ……! 嫌だ! こんなの……!

 見たくない。
 もう嫌だ。
 見たくない。

 僕は、自分の指で――。

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