10.病巣

・・・ごくっ

立ち上がった芹ちゃんは、
しっかりとした足取りで
本棚の方へ行ってしまった。

何をしに行ってるんだろ

芹ちゃんが戻ってくるまでの間、
私は手持ち無沙汰に視線を泳がせた。

それから少しして、
芹ちゃんが何冊かの本を
小脇に抱えて戻ってきた。

そしてそれらを机の上に置き、
再び椅子に腰掛けた。

お待たせ

お、おかえり・・・
・・・これは?

机上に置かれた本を指差す。

本・・・ってそれは見れば分かるか

えっと、
ちょっと胡散臭い話なんだけど、
この本はある特別な力を持った本よ

特別な力を持った本?

茜さんが夢に
囚われていると言ったでしょ?

うん

その原因がこれ

茜さんはこの本のせいで、
夢に囚われてしまっているの

そう言って芹ちゃんは、
複数ある本の内から一冊を手にした。

この本が・・・?

半信半疑になりながら、
その本に視線を通す。

こういう本をなんていうのか、
私は知らない

ただ、
こういった本のせいで
夢に囚われ蝕まれている人が居る

そういった人達を、
私は何人も見てきた

じゃ、じゃあこの本をなんとかすれば、
その人は夢から覚めるの?

疑問に思い問うと、
芹ちゃんは首を横に振った。

そういうことになるわね

ただ、
なんとかするといっても、
その手段が問題なの

だってこの本はあくまで写本で、
本物は現実にある・・・と思う

写本・・・ね

でも夢の中に居たら
現実にあるかどうかは分からなくない?

そうだね、分からない

だから本当に現実として
存在しているのかは分からない

そもそも、
ここからじゃ確かめようがないからね

でも現実でこういったものを
読んだことがあるって、
そう言っていた人と会ったことがあるの

な、なるほど・・・

だから今ここで
この本を燃やしたりしても、
意味はないの

だってこの本は
私の夢に紛れているもので、
本物ではないから

それでも色々と試して、
手探りながらもそれっぽい対策は
見つけているんだけど、
それが本当に正しいのかは
分からないわ

それでも対策を見つけているというのは、
それだけで
無茶苦茶凄いことなのではないだろうか。

今はこうして色々と
訳知り顔で話してはいるけど、
私自身分からないことは
たくさんあるわ

例えば、
どうして私の夢に
こういう本があるのかとか、
この本はいったいなんなのかとか、
まだまだ知らないことが
凄くたくさんあるの

だから推測でものを言っていて、
間違っていることも
あるかもしれない

私自身、
私の発言に保証を持つことはできないの

もちろん、
嘘を言っているつもりはないけれど

な、なるほど・・・

そういうわけだから、
信じる信じないの判断は、
あなたに任せる

まぁ、信じるけどね!

芹ちゃん可愛いし、
いい人だし、
きっと信じていいと思う。

それで話を少し戻すけど、
今夢に人を縛っている本が
ここにある四冊で、
内一冊は茜さんが対象の白髪鬼

だからあなたが対象に
なっている可能性があるのは、
残りの三冊

タイトルは分かるの?

白髪鬼以外は分からない

だけど
侵食が進めば見えるようになる

だから今見ても、
ページが真っ白なだけの本ね

芹ちゃんはどうして
その本がそうだって分かるの?

感覚で・・・としか言いようがないかな

ほ、ほう・・・

疑わしいのも分かるんだけどね

最初はこの本の存在なんて
感じ取れなかったし、
当然分からなかったわ

でも、
この夢に慣れていけばいくほど分かるの

自分の夢じゃない異物の存在が

異物?

さっき私がこの本を
私の夢に紛れていると言ったけど、
この本は本来私の夢には
存在しないものなんだと思う

だけど、
しっかりと存在してしまっている。

感じ方は結構感覚的なもだわ

本棚とかを見ていると
妙な違和感があって、
そこには大抵こういう本が紛れてる

どうしてそれが私の夢にあるのかは
分からないんだけどね・・・

これが・・・

置かれた本を手にとって、
パラパラと捲ってみる。

もちろん芹ちゃんが言ったとおり、
中身は真っ白で背表紙にも表紙にも、
何も書かれていない。

でね、
この本のページを使って栞を造るの

それを使うと
あなたと関係があるかを調べられるから

そう言って芹ちゃんが席を立ち、
私の背後に立った。

そして私が捲っていた本のページを摘み、破いた

え、破いちゃっていいの?

いいよ
どうせ気付いたら直ってるから

そういうものなんだ・・・

そして破いたページを持った芹ちゃんが、
小さく手を振ると、
手にしていたページが栞に形を変えた。

おお、変わった

ちなみにこれを鍵にすると、
この本が関与している夢に行けるの

ここに来た時みたいに?

うん

たぶん鍵じゃなくても
イメージできれば
何でもいいんだと思うけど、
私はそういう方が楽なの

想像力が大事、
ということなのだろうか。

それで、
その栞をどうするの?

こうするの

そう言って栞を私の顔に添えてきた。

ん・・・?

これは何をしているのだろうか。

ダメね、
反応しない

反応するとどうなるの?

形が崩れるわ

ほ、ほぉ・・・

この栞はこの本っていう
私の夢じゃない
何かで構成されていて、
そこに私が私の夢の一部を
混ぜて栞に造り替えてるの

だけどもしこの本が
あなたに関与していたら、
あなたという存在に反応して
形を元に戻すわ

そ、そんなことが起きちゃうんだ

うん、起きちゃう

それも経験則なの?

そういうこと

な、なるほどぉ・・・

でも反応がないからこれは違う

だね

うんともすんとも言わない

それじゃあ残りもやろっか

うん!

というわけで、
この調子で残りの二冊も検証することに。

ふむ・・・まさかの全滅

この検証の仕方が
間違っているという可能性は

ないとは言えないけど、
流石にそれは・・・

残りの二冊を確認してみたが、
どれも私に反応したりはしなかった。

どういうことなんだろう

それは私が知りたいことだよー

そうよね・・・

仕方がない・・・
今はこの問題のことは忘れましょう

棚上げ・・・私もよくやることだね

分からないことを
必死に考え続けても仕方がないのも事実だから、
私は特別文句を言ったりはしなかった。

ごめんなさい

あなたを調べるなんて
偉そうなことを言っていたのに、
何の成果も得られなくて・・・

だだだだ大丈夫!

私の為に色々と
してくれているだけで
すっごく嬉しいし
助かってるから!

しゅんとなって謝罪してくる芹ちゃんは、
無茶苦茶可愛かった。

あああっ!

芹ちゃん超可愛い!

いつものキリッ、
ってしてる芹ちゃんもいいけど、
今みたいにしゅんと萎れている
芹ちゃんも可愛い!

あ、ありがと・・・
そう言って貰えると
気持ちが軽くなるわ

今のところ何にも覚えていない、
ってこと以外は不自由ないし、
全然オッケー!

それはそれで大問題だと思うけど・・・

大丈夫大丈夫!

とにかく私のことは
現状どうにもならないって
分かったから、
次は茜ちゃんのことを考えようよ

それもそうね・・・

元々はそのつもりだったわけだし

そう言って芹ちゃんは、
白髪鬼とタイトルが書かれた本を手にする。

それって、
読めるの?

読めるよ

本の侵食が凄く進んでいるから、
内容もハッキリと読める

パラパラと捲りながら、
本の中身を見せてくれた。

ふむふむ

しかし速読のスキルはないので、
中身がちゃんとある
ということしか分からなかった。

これが茜さんを
夢に縛りつけて蝕んでいる病巣

これの読めるページが
増えれば増えるほど、
茜さんはこの本に喰われているの

喰われる・・・

物騒な表現である。

どう侵食するかは
本によって違いがあるけど、
この本はまさに喰っていると
表現するのが相応しいかな

く、詳しく聞いてもいい?

もちろん

端的に言うなら、
この本に登場する
白髪鬼っていう存在に成っていくの

茜ちゃんが?

うん

成るとどうなるの?

正気を失って、
手当たり次第に
相手を襲うようになる

無茶苦茶物騒な変化だった。

しかし、それだと不可解な点が残る。

でも私は教われなかったよ

あ、襲われはしたけど、
チューされただけだよ

それはたぶん、
あなたがあの夢に
居るべき存在じゃないから

ほ、ほう・・・

だから直接害さず、
それ以外の方法を取ったんだと思う

あなたはあの子にキスをされている時、
何か感じなかった?

あー・・・
意識が飛びそうにはなったかな?

たぶんそれね

もしかしたら、
そのまま意識と一緒に
存在が消えていたかもしれない

あくまで仮説だけど

ひえっ・・・

あの時、
実はそんな物騒なことに
なっていたかもしれないのか!

若干の身震いを感じていると、
芹ちゃんがポンと肩を叩いてくれた。

でももう大丈夫

幸いあなたはここに来れたわけだから、
私が片をつけるまで
ここで待っているといいよ

え・・・
待つって・・・
それは・・・

それはつまり、
芹ちゃんが茜ちゃんをなんとかしている間、
私はここで待っていろということなのか。

それでは私がここに来た
意味がなくなってしまう。

そもそも私は、
一人が嫌でここに来たというのに。

・・・どうしたの?

言葉に詰まった私に、
芹ちゃんは優しく声を掛けてくれる。

その優しさに縋るように、
私はあるお願いをすることにした。

あ、あの!

した・・・のだけれど、
言うべきか少し悩んでしまう。

それはきっと芹ちゃんにとっては、
迷惑かもしれないことだから。

いや、きっと迷惑になる。

だから躊躇われてしまう。

で、でも・・・一人は嫌だ・・・

・・・・・・?

ええい!
悩むな私!
思い立ったら行動しなきゃ!

何にも覚えてない
ないない尽くしなんだから、
とにかく行動しなくちゃ・・・!

すぐに決断した私は、
椅子から立ち上がり、
芹ちゃんと向き合った。

そして――

茜ちゃんを助けるっていうの、
私にも手伝わせて欲しい!

そう、お願いするのだった。

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