前回までのあらすじ

前回までのあらすじ
~完~

 ――奇怪なバケモノは魔法陣の外には出られないみたいだった。

 それにも関わらず、さっきまであんなに偉そうだったダン・ニャムニャは、ただでさえ小柄な体を縮こまらせて震えていた。

なにあれ気味悪い……手とか生えちゃってるじゃん……

 しかも、部屋の隅っこから、かなり遠巻きにこっちを見ている。

 まるで借りて来た猫だ。

もう少し近くで見ないとよくわからなくないですか?

いやいやいやいや、むりむり……。ああいう訳のわからない手合いって苦手なんだよ……

もしかして怖いんですか?

あいつ普通に怖いだろ!

 そりゃあ、まあ、僕だって初めてみたときはぎょっとしたけど……。

 ……ムキムキの腕、白い直方体とのコントラスト、生物と非生物の境界を越えてしまった異様な雰囲気は、夢に見そうなくらい不気味だ。

でも、よく観察してみればカワイイかもしれませんよ。

何言ってんだお前、前頭葉でも摘出したのか?

目を通り越して脳の異常を疑われた!

いやでもほら……もしかしたら、鳴声とかかわいいかもしれないですし

にゃ~ん……♪

……

………………………………可愛くない!

ニャ~ンって鳴いた!!!!

 なお、その後もサイコロ人間は逆さ歩きをしたり、ブリッジしながらこちらに走って来るといった生命としての許容限界を突破した行動を取り、ただでさえ少ないニャムニャさんのSAN値(正しくは正気度)を削り続けた。

休憩
~ダン・ニャムニャが恐慌を来したため~

 とりあえず落ち着こう。

 というか僕は全然平気なんだけど、一時的狂気に陥ったニャムニャ所長をサイコロ人間から遠ざけるため、僕たちは元の部屋に戻って来た。

 元の部屋にはちょうどいいことに立派なティーセットが埃をかぶっていた。(目星成功)

 紅茶の豊かな香りは、きっと精神の安定に貢献してくれることだろう。

 慣れない茶器と格闘しながら、僕は一杯の紅茶を入れることに成功した。

……どうぞ! 僕の技能的にはスペシャルな出来でもおかしくないですよ

俺様はこんな枯草から抽出された水溶液一杯でほだされたりしないぞ!

黙って飲め!

 めんどくさい野郎だな。
 パラメータ振り直して来いよ。

おいおい内心と台詞が逆……

……じゃない!! 同じだ! 笑顔が爽やか過ぎて気づかなかった!

 紅茶を飲んだニャムニャさんは「おっ」という顔をした。なんだか悔しそうな、不満そうな顔つきをしている。

 何を隠そうお茶を美味しく淹れるのは僕の特技のひとつなのだ。

 落ち着いた頃合を見計らって、肝心なことを切り出した。

早速なんですが、これから僕はどうしたらいいんでしょう。

ま、諦めることだな

…………

無言で沸騰したヤカンを俺様の頭に向けるのヤメテくれるー!? びびって怖気づいたわけじゃないの! ……あち! あっつ!

じゃあどういうことなんですか!

 大船に乗ったつもりでいろって言ったくせに!

なんとかしてやりたいのは山々だが、俺様にも《どうすればいいかがわからない》んだからしょうがないだろう! あちち!

どうしたらいいかわからない……?

……そのとーり! あんな化け物はどんな文献にも載ってない。ベテラン相談員の俺様ですら見たことも訊いたこともない。よって倒し方が存在しない!

そんな……! 僕、帰ります!

……。

 僕は荷物を掴んでドアに走った。

 それが出口かはわからないが、無我夢中でドアノブを掴む。

 僕が気絶する前、街はめちゃくちゃになっていた。
 あの混乱が学校まで、家にまで届いたら……。
 友達が、家族が危ない!

 そして扉を開けた僕は、鞄を手にしたまま立ち尽くした。

なっ……!

 そこにあるのは、炎と瓦礫と……黒焦げになった死体の山だった。



 穏やかだった街の姿はどこにもない。



 ただ見渡す限りどこまでも、破壊の限りを尽くされた地上の風景が広がっている。

 呆然とする僕の後ろからやってきたニャムニャさんが、黙って扉をしめた。

 ……あの襲撃のあと、君の世界の政府は軍隊を派遣して《街中に湧いた》たくさんのバケモノを掃討しようとした。しかし、奮戦むなしく……その一週間後には君の国は……滅びてしまったのだよ

 信じられないかもしれないが、君だけが、この相談所に迷い込んだ生き残りだ

そんな……僕だ、け……?

 僕だけが……。

 恐ろしさより、たくさんの人の影が脳裏に過る。

 父さん、母さん、飼い犬のコロ。
 幼馴染のコーイチやシノ。
 クラスメイトに先生たち……。

相川九。例外的な処置ではあるが、君はこの相談所に留まるがいい

幸いにして、この相談所は様々な次元と繋がって、多くの冒険者たちが訪れる。君の世界を救う方法が、どこかにあるかもしれん

長丁場になりそうだ。
俺様が本物の茶を淹れてやろう。
……それまでに、似合わない涙を拭いておくがいい

 僕は閉まったままの扉の前で立ち尽くしていた。

 でも、こうしていても何も変わらない。

 今は、ムニャムニャさんに従ってみよう。

ニャムニャ!!!!!
ほんっといい度胸してるな、お前!!!

 

幕間1 ニャムニャ所長、ビビる

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