6.此処

女の子

私の名前は――赤崎芹

赤崎・・・芹、ちゃん・・・!

・・・うん

とても可愛い名前だと思った。

芹ちゃん・・・うん、いい感じっ。

それで、あなたの名前は?

あっ・・・

それは聞き返されて当然の問いだった。

こちらから名前を聞いておいて、
こちらが答えないのはダメだ。

ダメ・・・なんだけど・・・

・・・どう説明しよう

言葉に詰まったものの、
今の私には素直に話す以外の選択肢はない。

芹ちゃん、
可愛いから大丈夫だと
思うんだけど・・・

・・・どうしたの?

って、ダメダメ!
茜ちゃんだって可愛かったけど、
結局ダメだったんだから、
可愛さで大丈夫かどうかを
考えるのはきっとダメ!

それに悩むだけきっと無駄だ。

どの道私は相談するしかない。

自分の現状について、
何かしらの答えを期待して、
前に踏み出すしかない。

こうして話ができるから
安心してしまっているが、
私が目を覚ましてから、
まだ二人の人間としか会えていないのだ。

どんな些細な情報であっても、
今の私には必要なものであるはずだ。

えっと、
ちょっと変な話をするけど、
いいかな?

いいよ

それにしてもこの即答、
とても気持ちの良い反応である。

口下手かもしれないけど、
聞き上手なのかもしれないね!

芹ちゃんの反応を嬉しく思いながら、
私はゆっくりと話し始めた。

えーっとね、
私・・・記憶がないみたいなの

・・・

それから、名前も分からない

名前だけじゃなくて、
どうしてここにいるのか、
ここがどこなのかも、
何もかもが分からないの

端的ではあるが、
これが紛れもない事実である。

何にも、覚えていないの?

うん、何にも

そう・・・記憶が・・・

私の話を聞いた芹ちゃんは、
眉間に皺を寄せながら考え込んでしまった。

けれどそれを黙って眺めているわけにもいかず、
私はすぐに質問を投げた。

芹ちゃん、
ここってどこなの?

ん・・・それはこの場所のこと?

うん。どこの駅なんだろう

それは私にも分からない

え?

だってここは、夢だから

へ?
夢?

うん
だから私はこの場所を知らない

それは・・・

どういう意味なのだろうか。

そう、夢

眠っている時に見る、あの夢

それってつまり、
私は今夢を見ていて、
それを知覚しているってこと?

それってつまり・・・正夢?

そう考えるしかないのだけれど、
そもそもの話、ここが夢である確証はない。

まぁ、信じられないとは思うけど

そ、そりゃあ・・・
いきなりそんなこと言われても
信じられないけど

とはいえ現状の不自然さを思えば、
そうなのかもしれない、と
思えなくもないのだけれども。

あなたは今、夢を見ているの

もちろん、私も

で、同じ夢の中で、
こうしてお話しをしてる

え、同じ夢を見るだなんて
聞いたことないんだけど

そうだね、普通じゃない

でも、これは現実

まぁ、夢の中だけどね

うん、意味が分からない。

どういうこっちゃ・・・

それと、
この夢は私のでもなければ、
あなたの夢でもないの

私の中の夢の定義にヒビが入り始めていたが、
芹ちゃんの口は止まることはなかった。

だから私は疑問を頭の隅っこに保留しながら、
会話についていくことを優先した。

それじゃあ誰の夢だって言うの?

さっき私が蹴り飛ばした、あの子

え、茜ちゃんの?

・・・名前、知ってるんだ

うん

聞いたら教えてくれたの

それ以外は
何も教えてくれなかった、
というか会話が成立しなかったけど

そう、あの子が質問に・・・

また眉間に皺を寄せ始めた芹ちゃん。

どうしたの?

あ、うん・・・まだ自我が
残っていたんだなぁ、って

それってどういう・・・

あの子・・・
茜さんって言うんだっけ

うん
茜ちゃん

その茜さんは、
夢に囚われてしまっているの

夢に・・・?

そう・・・夢

白髪鬼っていう、夢に

はくはつ・・・き・・・

聞きなれない単語が出て来た。

でもそれは茜さんの事情で、
あなたの事情じゃない

・・・?

私もあなたも、
本来なら他人の夢に
干渉なんてできない

でも、此処に居る

茜さんの夢の中に、居るの

口を挟みたくなるけれど、
今は芹ちゃんの話をしっかりと聞こう。

たぶん、
今芹ちゃんが
話してくれていることは、
とても大事なことだと思えるから。

私は口を噤み、耳を傾けた。

きっとあなたはあなたで、
何かに囚われている

だから此処に来てしまって、
此処に居る

たぶん、
記憶がないのもそこに起因してる

あれ、でもそれなら・・・

それが何かは、
今の私には分からない

だから、少し時間を頂戴

それについては調べておくから

え、調べるって・・・
どうやって・・・

どう調べるかは知らないけれど、
そんなことができてしまう
芹ちゃんはいったい何者なのだろうか。

それは秘密

あなたのことを調べて、
あなたのことを知って、
その上で話してもいいと思えたら、
色々と話してあげる

そ、そう・・・

要するにまだ信用されてないってことだった。

自分のことすら分からないし、
それも仕方がないかぁ・・・

あとは・・・そうね
何か聞きたいこととかある?

そう言われて、
私はすぐに疑問に思ったことを
聞いてみることにした。

えっと、
私が何かの原因で此処に居るのは
分かったんだけど・・・

それじゃあ芹ちゃんは
どうして此処に居るの?

茜さんを助けたくて、
此処に来たの

茜ちゃんを助ける?

ええ

だってあの子は今、
夢に喰われて、
正気を失っているから

確かに普通じゃなかったよね・・・

会話は成立しないし、
いきなりチューしてくるし

でも夢に喰われるって
どういうことなんだろう

だからあなたを見た時、
正直驚いたの

誰も居ないはずの世界に、
知らない人がいるんだもの

誰も居ない・・・か
確かに他に人が居ないんだよね

茜ちゃんと芹ちゃん以外
見かけないし

此処はそういう夢なの

人の居ない世界
人が居なくなってしまった世界

そう聞くと、
なんだかとても物騒な世界に思えた。

だからある意味で、
あなたがあの子の近くに
居てくれて助かった

もし離れていたら、
私はあなたの存在に
気付けなかったんだから

な、なるほど・・・

私が茜ちゃんに唇を奪われたのにも
ちゃんと意味があったんだね

役得、ってだけじゃなかったらしい。

だけどあれはダメよ

もしあのままあの子に
接触し続けていたら、
あなたは消えていたと思う

へ?

夢の中でのチューは
殺傷能力あるというのだろうか。

だって――――んっ

台詞を急に切った芹ちゃんは、
表情を険しくしながら、
ベンチから立ち上がった。

思ったよりも復帰が早い・・・

あ、え、あ・・・ど、どうしたの?

あの子が来る・・・

逃げるよ

またしても私の手を掴んだ芹ちゃんが、
立ち上がるよう促してくる。

だから私は自然と立ち上がった。

く、来るって・・・

茜ちゃんが!?

うん・・・だから、行くよ

い、行くって・・・どこに!?

そんな私の質問に、

どこって・・・安全な場所、かな

そう簡潔に答えるのだった。

夢の中にある安全な場所って
・・・・・・どこ?

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