5.乱入

んんっ・・・

茜ちゃん・・・可愛い・・・

意識が朦朧とし、
このまま気絶してしまいそうになった時だった。

拍子抜けしてしまいそうな
妙に軽い音が耳に届いた。

ん・・・?

遠退いた意識が急浮上して、
私は動かない首を精一杯動かそうとして、
けれどやっぱり動かなくて、
眼球を目一杯横に向けた。

女の子

――はぁっ!

すると見慣れない女の子が、
気合の入った声と共に
こちらへ向かってくるのが見えた。

そして――

馬乗りになっていた茜ちゃんを――

――勢い良く蹴り飛ばした。

・・・っ!

その光景をぼんやりと見ていた私は、
茜ちゃん大丈夫かなぁ・・・なんて、
暢気なことを考えてしまっていました。

うわぁ・・・痛そう・・・

そして脳裏に焼きついた
見慣れない女の子の蹴りは、
とても素晴らしいものでした。

ええ、それはもう綺麗な回し蹴りでした。

その蹴りは相当な勢いがあったようで、
床を上を派手に転げまわった茜ちゃんは、
奥にあったデスクに衝突した。

そのけたたましい音によって、
私の意識が一気に鮮明化した。

あ、あれ・・・?
私・・・

咄嗟に身体を起こして
異常がないかを確認する。

うん・・・たぶん、大丈夫

どうして意識が飛びそうになっていたのか、
どうして急に意識が戻ったのか、
そこに茜ちゃんは関係があるのか、
そして新しく現れた女の子は何者なのか、
そんな幾多の疑問に首を捻っていると、
新たに現れた女の子が私の腕を掴んだ。

女の子

大丈夫?
立てる?

あ、はい

どう答えていいか分からず、
生返事が漏れた。

女の子

良かった
それじゃあ、行くよ

そう言うと、
女の子は強い力で私の手を引いた。

うわぁっ!

想像以上に強い力で引かれて、
私は引きずられるように立ち上がった。

ちょっ!
ま、待って!
転んじゃう・・・!

必死でそう訴えると、

女の子

あ・・・ごめんなさい

すんなりと聞き届けて貰えた。

は、話が通じる・・・!

その事実が無茶苦茶嬉しかった。

何せ目が覚めてから相手にしたのは、
話の通じない茜ちゃんだけなのだ。

思わず喜んでしまっても、
それは仕方がない。

そう、仕方がないのだ。

女の子

もう大丈夫?

だ、大丈夫!

女の子

良かった
それじゃあ、行きましょう

そうして私は新たに現れた、
この女の子に連れられて
ビルから逃げ出すのだった。

そのまま手を引かれて、
私は人気のない街を走った。

そして走っている途中、
事情を聞こうと声を掛けるのだが・・・

あ、あの・・・

女の子

ごめんなさい
話は後にして欲しいの

あ、はい・・・

全然取り合ってもらえなかった。

でも逃げるのが先という女の子の判断も
決して間違いではないと思ったから、
それ以上の無駄口は止めた。

なんだか分からないけど、
さっきよりはマシな状況っぽい!

うん
ここはお口にチャック・・・!

女の子

・・・・・・

それにしても・・・
この子も無茶苦茶可愛い・・・!

ぎゅっと握られた掌からは、
温かい体温を感じられて、
自然と汗が滲んできた。

それがちょっと恥ずかしくて、
手をにぎにぎと動かすと、
この子もまた、ぎゅっと握り返してくれた。

うわわっ、なんか嬉しいなぁ!

そうして掌から感じる温もりに
心を落ち着かせながら、
私はどこかの駅にまで移動した。

もちろん、見覚えはない。

・・・駅

女の子

見覚え・・・ある?

立ち止まった女の子に、
急に話しかけられた。

あ、え、あ・・・ない、かな

女の子

そっか

うん・・・

会話が上手く繋がらない。

うぅ~、どうしたらいいんだろう・・・

きょろきょろ周囲を確認している女の子に、
私は必死に捻り出した疑問を投げた。

もう、逃げなくていいの?

女の子

とりあえずは大丈夫

根拠は分からないけれど、
大丈夫だそうだ。

・・・本当に?

女の子

結構気合を入れて蹴ったから、
すぐには動けないと思うし

ヴァ、ヴァイオレンス!

何か物騒なことを言っているけれど、
その結果助けられたのだから、
異論など言える筈がなかった。

女の子

それにアレが近くにくれば、
流石に分かると分かるから

え、分かるの?

女の子

まぁね

短い言葉で返された。

むぅ・・・
どうやら詳しくは教えてくれなさそうである。

いや、というよりも
あまり口数が多いタイプではない
だけのような気もする。

女の子

とりあえずそこのベンチに座って
お話し、しよっか

あ・・・うん!

ようやく会話ができる。

その事実がただ嬉しくて、
私は手を引かれながら、
ベンチへ向かった。

ふぅ・・・ようやく落ち着けるよー

ベンチに並んで腰掛けると、
自然と気が緩んだ。

女の子

・・・大変だった?

うん、大変だった

本当は何がどう大変だったか、
自分でもしっかりとは分かっていない。

だって私は、
なんとなく危なそうだから
茜ちゃんから逃げていただけなのだから。

でもまぁ、大変なのは事実だもんね

それに実際、
危なかったのかもしれないしね

まぁ、
チューされただけだから
よく分かんないけど

でも意識は
飛びそうだったんだよなぁ

うーん・・・関係、あるのかな?

女の子

それじゃあ、ゆっくり休むといいよ

あはは、ありがとっ

女の子

・・・・・・

・・・・・・

女の子

・・・・・・

か、会話が続かない・・・!

くぅ・・・私から話題を振らなきゃダメかっ!

ね、ねぇ・・・

女の子

ん・・・?

名前、聞いてもいいかな?

この名前聞くという行動、
実に嫌な記憶を呼び覚ましてしまう。

それもついさっきの出来事の・・・。

あ、でも可愛い子とチューできたのは
美味しかったから、
存外悪くなかったのかもしれない。

うん!

そう考えると
悪いことばかりじゃないかも!

女の子

名前?
別にいいよ

そしてアッサリとオーケーが返ってきた。

話が分かる相手で本当に嬉しい!

女の子

私の名前は――

そうして私は、
目が覚めてから初めて会う、
話の分かりそうな相手の名を知るのだった。

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